みちのはなし

前々回のトンネルに続いて、今回は「道路」のお話。本日紹介するのは「みちのはなし」(駒井和郎・絵、日本道路公団)という私が生まれる前のかなり古い絵本だ。編者は日本道路公団。2005年に分割民営化されるまで主として有料道路の建設・管理を行っていた特殊法人である。発行年の昭和32年(1957年)は道路公団がまだ設立されたばかりであり、幼児向けというよりは広く一般大衆に道路建設の必要性を訴えるための啓蒙絵本だったようである。今で言う広報PR誌といってもよいかもしれない。

その意図は本書の随所に見られる。1~2ページ目のステートメントは「建設のよろこび」。『よい道路は、産業をますます発展させ、わたくしたちの生活を豊かにするために、なくてはならない、国の交通の動脈です。』とある。戦前の日本や北朝鮮の国策絵本で書かれていそうな言葉が並ぶ。

昭和32年当時の日本の道路事情?
昭和32年当時の日本の道路事情?(「みちのはなし」より)

3~4ページ目では、日本の道路がいかに貧しく、ドイツのアウトバーンやアメリカの高架(4階建て)道路がいかに豊かであるかその違いを訴える。地方の道路の”今”を記したイラストは、まるで畑の中を走行するような未舗装で凸凹な道として描かれているし、大都市を描いたそれも交差点では人も自動車も無秩序に通行する(上図)。当時はこれほどひどい状態だったのであろうか。

道路交通事故による交通事故発生件数、死者数及び負傷者数の長期推移[2]
道路交通事故による交通事故発生件数、死者数及び負傷者数の長期推移[2]

5~6ページ目では、悪い道路のデメリットと良い道路のメリットを安全性と経済性(時間、お金)の観点から論じている。本書が出版されてから約10年以上はモータリゼーションの進展とともに交通事故死者数(特に歩行者)が増加の一途を辿り、「交通戦争」とも言われた。昭和45年をピークに急激な減少に転じるが、確かにこれは道路整備が進んだ効果が大きかったと思われる。しかし昭和55年頃から再び増加をし始め、平成4年で第2のピークを迎える。これは道路整備と車の性能向上による高速化の影響が大きかったと思われる。このピーク以降は再び大きな減少に転じるが、これは自動車の安全性能の格段の向上が寄与していると思われる。重傷者数は大幅に減ったが、事故発生件数、負傷者数ともに平成16年のピークまで増加をし続けてきた[1][2]。最近になってようやく事故全体が減少傾向にあるが、道路整備により自動車を運転する走行距離は増え[2]、当然事故を起こす確率は高くなる。道路が良くなることが本当に交通安全に利益をもたらしてきたのであろうか。

また良い道路は時間の節約が図れると本書は解くが、確かに昔に比べれば相対的に移動の時間はずいぶんと短縮されただろう。しかし通勤時の渋滞やシーズンごとの長期休暇や休日の高速道路の大渋滞など、道路は整備されても局所的には歪みを生んでいることも事実である。

『外国の観光客も道路がよければ、短い滞在期間中に日本の名所を数多く見物することができる』という経済的効果の事例は面白い視点だ。当時の外国人観光客は、日本の道路事情に対して多くの不満があったのであろうか。さらに未舗装の道路が多いがゆえに、車体の傷みやタイヤの消耗が大きいというのは時代を彷彿させる内容だ。確かに私が小学生の頃でもまだ、未舗装のひどい道路が数多くあった。

関門海底トンネルはこうして作られる
関門海底トンネルはこうして作られた(「みちのはなし」より)

日本道路公団が設立されたのは昭和31年(1956年)4月。私事であるが、私の父は元日本道路公団の技師で同年10月に山口県庁土木部から公団に転職している。当時の建設省や地方自治体の建設部門から多くの人材が道路公団に転籍したそうだ。本書にも描かれているように発行された昭和32年は日本初の高速道路である名神高速道路が着工したばかりで、この国にまだハイウェイというものの姿かたちもなく、「21世紀のもぐら」で紹介した関門自動車トンネルも翌昭和33年に完成している。道路先進国ドイツやアメリカに追いつき追い越せと、当時の多くの技術者たちは、道路公団という新しいフィールドで夢や期待に胸膨らませながら仕事に取り組み始めたに違いない。本書には『(建設する有料道路の)通行料金で20年くらいの間に、公団が元金や利息を返してしまうと、その後は無料で通っていただけるようになるのです。』という記述がある。当時は本気で考えていたのかもしれないが、その後この組織は設立当初の理念や情熱を失い、利権という魔物に翻弄されることになる。多くの天下り組織と天下り官僚を生み出す仕組みによって無駄な道路を造り続け、国の借金を膨らませていった。この国の病巣の象徴として、小泉内閣時代に分割民営化が決定、解散となった。そして民営化された現在に至ってもなお無料で通行できる高速道路は実現されてない。民主政権は高速道路の無料化をマニフェストで掲げたが、あらゆる公約が絵に描いた餅であることが証明された現在、未来永劫無料化はあり得ないだろうなあ。

道路公団の解体には、ある意味、公団に育てられたともいえる自分としては複雑な思いがあるが、道路建設という名の巨大な資源分配が、一部の官僚機構と族議員によって密室で決定されていた日本の悪しき慣習を破壊する改革の必要性は全く否定しない。但し、分割民営化の方法論が正しかったどうかは私にはよくわからぬ。公団に人生の多くを捧げてきた私の父にとって、数々の公団批判には口惜しい思いもあったようだが、とりあえず小泉と猪瀬は大ッキライらしい。

とはいえ本書は道路公団設立時の心意気(高い志は表向きであって、既に狡猾な官僚たちが道路建設による巨大な利権を皮算用していたのかも知れないけれど)を知ることができる貴重な一冊。是非、OBの父にも見せてあげたいが、彼はどんな感想を抱くであろうか。

[参考・引用]
[1]交通戦争、Wikipedia、
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%A4%E9%80%9A%E6%88%A6%E4%BA%89
[2]道路交通事故による交通事故発生件数、死者数及び負傷者数、平成22年度版交通白書
http://www8.cao.go.jp/koutu/taisaku/h22kou_haku/pdffiles/honpen/gh1_111.pdf
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