21世紀のもぐら

本日はトンネルのお話。道路やトンネルなどのインフラがなければクルマは走ることができない。特に国土が狭く、山地だらけのこの国では、トンネルは生活に欠かせない。僕の住む横須賀は、トンネルの数で日本一だと以前に紹介した(「ダットさん」参照)。最近ウォーキングを習慣にしているが、近所を歩いているとホント、トンネルばかり出くわす。先日のチリ鉱山の救出劇もトンネル(坑道)の落盤事故がきっかけだったし、僕が大学で鉱山技術を学んでいたことや、父親が土木技師でトンネル屋であったことは既出のとおり。したがって”穴掘り”には普通の人よりも強い思い入れがある。

今日紹介する「21世紀のもぐら:トンネル物語」(岩佐氏寿・著、中山正美・絵、文研出版)は、僕が小学生の頃にその父からすすめられたもの。児童書とはいえページ数も多く、今改めて読み返してみると、けっこう専門的な記述もあり(トンネルを掘る工法の章などは「全断面掘削」「底設導坑先進上部半断面掘削工法」「リングカット工法」の用語なども飛び出し、さしずめトンネル工学書である)、読み込むにはそれなりに気合がいる。今でこそこんな絵本や児童書を紹介するブログを立ちあげているものの、小学生の頃は読書が大キライだった(事典や図鑑を見るのはスキだったけど)。夏休みの宿題の読書感想文なんて、苦痛以外の何ものでもなかった。それを考えると、こんなもん、よく読んでいたなと思う。全くもって親の趣味の押し付けなのだが、未だに大事に残しているし、大学で穴掘り工学を選んだのも、小さい頃のこの本の影響で潜在的な意識に刷り込まれたせいかもしれない。ということで、鉄道トンネルの記述が多いものの道路トンネルにも言及しているし、筆者の個人的な関わりも含めて、クルマ関連テーマの児童書としてクルマノエホンに認定する。

首都高速道路羽田線羽田トンネル
首都高速道路羽田線羽田トンネル

冒頭は「沈埋トンネル」のお話である。予めトンネルになる閉じた鉄のハコ、沈埋函(ケーソン)を地上で建設し、それを海底に掘った溝に沈める。この函を連結して壁を取り払い、上からおもりを載せるか埋めてしまえば、1本の”掘らない”トンネルが出来上がる。これが「沈埋トンネル」。“ちんまいかん”は音の響きも面白く、おそらく私が初めて覚えた土木の専門用語だと思う。日本国内における本格的な沈埋トンネルは、昭和30~40年代に建設された羽田トンネルである。この羽田トンネルには、道路、モノレール、鉄道と3種類ある。道路トンネルは、首都高速道路羽田線の海老取川を横断する全長300mの海底トンネル。モノレールトンネルは、東京モノレール羽田線のこれまた海老取川を横断する全長450mの海底トンネル[1]。鉄道トンネルは、当時の京葉線(現JR東日本東海道本線貨物支線)の全長約6,400mのうち、海底部を通過するのは、多摩川を横断するところ、京浜運河を横切るところ、それに森ケ崎運河の下をくぐるところの3箇所。このうち多摩川横断部と京浜運河横断部の建設が、沈埋函工法を採用している[2]。

首都高速道路1号線(羽田線)羽田トンネル工事の沈埋函
首都高速道路1号線(羽田線)羽田トンネル工事の沈埋函

なぜ、沈埋函工法が必要だったのか?
1.まず鉄橋はかけられない。新国際線ターミナルが完成した羽田空港であるが、当時は国内唯一の国際空港。旅客機の離着陸のため、多摩川河口には高い建物を建てられない。
2.それじゃトンネルを掘ろうということになるが、河口周辺には砂や砂利、石が堆積している。公害がひどかった当時の東京湾にはヘドロも溜まっている。そうすると深いトンネルを掘らなければならないが、それではトンネルの出入口が急勾配となって、貨物列車が走れない。
3.浅いトンネルにすると、川を半分堰き止めて、トンネルの溝を掘る。掘った溝をコンクリートで固めて、天井もコンクリートにすると半分のトンネルの出来上がり。あとはもう半分も同じように造ればよいが、それではひっきりなしに通る船を長期間通行止めにすることになり、船の大渋滞が発生してしまう。
以上の理由から、船の通行止めも最小限で済む浅いトンネルの建設、つまり「沈埋トンネル」にせざるを得ないということになった。

ぷかぷか浮かぶ沈埋函(「21世紀のもぐら」より)
ぷかぷか浮かぶ沈埋函(「21世紀のもぐら」より)

”掘らない”トンネルなんて簡単、ドボーンと沈めて穴を開けるだけと思うなかれ、これが実に高度な技術を要する。ぷかぷか海に浮かんだ巨大な鉄の函(沈埋函1個で長さ80m、幅13m、重さ550t)の内部にコンクリートをうって、海中できれいに整地した海底面(溝)に正確に沈めなくてはならない。さらに複数の沈埋函をミリ単位でぴたりと繋げるのだ。海の底で。本書では、その難易度の高い技術工法について、上述の京葉線羽田トンネル多摩川横断部沈埋トンネル工事を例にとって、実に詳しく、わかりやすく解説している。ここでは鹿島のサイトで見つけた建設方法の動画をリンクしておこう。
http://www.kajima.co.jp/gallery/const_museum/tunnel/gijutsu/g_list/11.html

一方、”掘る”トンネルの難しさについては、道路トンネルではないが東海道本線の熱海駅~函南駅間を通る丹那トンネル工事を例にとって紹介している。総延長7,804m、1934年開通。完成当時は清水トンネルに次ぐ日本第2位の長さで、鉄道用複線トンネルとしては日本最長(当時)。このトンネルは富士箱根火山帯を横切っており、トンネル上部に存在する丹那盆地が地下に大量の地下水を溜めていたために大湧水を発生させ、また活発な活断層である丹那断層を横切ることで岩が崩れやすい地質学的な難所ゆえに、1918年着工から16年の工期を要し、67名の貴い命を奪ったトンネル難工事の象徴ともいえる存在。'20年のトンネル崩壊事故では、42名が崩壊に巻き込まれ、そのうちトンネル内に閉じ込められた17名が8日後に救出されている。その経緯を綴った部分はまさに、先日のチリ鉱山事故を思い起こさせる。

トンネル内に閉じ込められた17名(「21世紀のもぐら」より)
トンネル内に閉じ込められた17名(「21世紀のもぐら」より)

そしてその世界では有名な「丹那の4,950フィート」の章においては、断層と水とに苦しんだまさに死闘のドラマが息をもつかさぬ緊張感をもって描かれている。三島口から4,950フィート(約1,500m)進んだところで、魔の断層に出くわして崩壊と出水が続き、同じ場所を1年かかって1歩も進めなくなってしまったのだ。16年の工期を要した元凶だといっても過言ではない。この丹那の章を読むだけでも本書の価値は十分ある。これだけ苦労させられた山岳地に、その後さらにもう1本のトンネルが掘られた。東海道新幹線用の新丹那トンネルである。トンネル技術者の飽くなき挑戦には頭が下がるが、兄貴分の経験が生きて’64年に無事完成している。

トンネルはなぜ崩れないか?トンネルの形はだいたい「かまぼこ」型をしている。上部が丸い(アーチ型)のは、その方が上から穴にかかる圧力を均等に分散させることができるからだ。硬い地盤であれば、岩や土がお互いに押し合い圧し合い状態になっているので崩れにくく、軟弱地盤であってもコンクリートや鉄などの補強材で補強していれば頑丈である[3]。但し、これはトンネルの周りの力の場や岩や土の性質が一様であるという理想的な状態の場合。実際の自然界は複雑である。岩盤には地球の重力だけではなく、プレートテクトニクスなどの地殻運動による力や、地熱やマグマによる力も働いている。地表には山もあれば谷もある。よってその重さの分布も一様ではなく、断層もあれば褶曲もしている。本書でも「山は生きもの」と表現しているのは、そういうことである。つまり岩盤にはあらゆる方向から様々な力が作用しており、性質もその場所場所で異なっているため、力の場の状態(初期応力)を解明したり、地質や水の状態を事前に予測することは、安全かつ合理的なトンネル建設において極めて重要となる[4]。したがって、大きな長いトンネルを掘る場合には1本だけでも大変なのに、それと平行して小さな試掘坑(調査坑)を掘って山の状態をまず調べたり、丹那の例にもあるように、湧水の問題を解決するためだけに水抜き坑を掘るといった面倒くさいことを地道にやっているのだ。「急がば回れ」とはまさにトンネル堀りに相応しい言葉であろう。このような苦労があってはじめて、我々は本当に崩れないトンネルを安心して通ることができるのだ。

丹那トンネル工事は穴にかかる山の力(土圧)との闘いであったが、川や海を横断するトンネル工事はさらに水の力(水圧)が加わるやっかいな闘いとなる。その事例として紹介しているのが、ロンドンのテムズ川底を横断するトンネル建設に関わったトンネル野郎たちの44年間の執念の闘い、そして世界で初めての海底トンネルである関門トンネル工事についても1章を割いている。

Marc Isambard Brunel ブルネルのシールドマシン
Marc Isambard Brunel(左)とブルネルのシールドマシン(右)

歴史上最初の水底トンネルの建設は、なんと今から3,700年前の紀元前1,700年頃のメソポタミア文明期に遡る。バビロン宮殿とジュピター神殿とを結ぶ約900mのトンネルのうち、ユーフラテス川の川底に作った約180m分がそれである。その後、川底にトンネルを掘ろうという輩は18世紀まで現れない。1798年にラルフ・ドッドという男がテムズ川底に長さ820mのトンネル建設を構想するがすぐに中止になった。それから1802年、今度はロバート・バジーという鉱山技師がます縦坑を掘り始める。それが完成したら、1807年からはトレビシックという青年技師が横方向に導坑を掘ることになった。彼は蒸気機関を動力源とする自動車パフィング・デヴィル(Puffing Devil)号を1801年に製作したことでも有名[5](世界初の蒸気機関自動車は、フランスのキーニョによるもの)。自動車馬鹿はトンネル馬鹿でもあったわけだ。しかし、この建設もあと一歩というところで川の底が抜けて出水を止めることが出来ずに中止となった。次に現れたトンネル野郎はマルク・ブリュネルという英国在住のフランス人技師。1826年から掘り始めたが、彼の行った工事は現代でも代表的なトンネル建設方法の一つである「シールド工法」(※1)というもので、彼がこの工法の原理を考え出した。ブリュネルは、このアイデアでトンネル工事を開始したときには既に56歳、実際の工事に携わったのは彼の息子のイザンバートやその他の技師たちである。彼らは川の水やメタンガスに苦しめられたが、ついに1842年にトンネルは完成する。ブリュネル、この時73歳であった。

関門トンネルの構想はまだ日本の鉄道が下関まで届いていない1895年(明治29年)に遡る。その後、橋にするかトンネルにするかいろいろな議論があったものの、第一次世界大戦や関東大震災などもあって、建設計画が決定したのが1936年(昭和11年)、丹那トンネルの開通2年後である。翌年から試掘坑、本坑と掘り始めた。主に水との闘いが続いたのだが、ここで丹那トンネルの経験が生きる。海の底が抜けそうになりながら、海底下わずか10mを掘り進む緊張感。圧気工法(※2)やこの工事が日本での本格的導入であったシールド工法が功を奏して、'42年(昭和17年)に下り線が貫通した。翌'43年には上り線も貫通し、全線開通したのは戦況も厳しくなった'44年のことである。

関門道路トンネル断面図
関門道路トンネル断面図(「21世紀のもぐら」より)

僕が子供の頃、毎夏お盆の季節には、自宅の北九州市から祖母の家のある山口県防府市まで墓参りに出かけていた。そのときに必ず通ったのが関門道路トンネル。当時はまだ関門大橋も建設中で、長さ3,461mの海底トンネル内はいつも大渋滞だったことを覚えている。長く長く続くナトリウム燈のオレンジの光も非常に印象深く記憶に残っている。道路トンネルも鉄道トンネルと同時期の’38年から掘り始めている。しかし、太平洋戦争で工事は中断し、戦後の’52年(昭和27年)から工事再開、鉄道トンネルから遅れること14年、’58年に完成した。

これら岩と土と水との闘いに挑んだ男たちの壮絶なドラマは、土木の専門家でなくとも年齢を問わず読者をぐいぐい惹きつける。まるで映画を観るような語り口だと思ったら、作者の岩佐氏寿氏は本業が主に科学技術映画や産業映画の制作者、監督であり脚本家。なるほど合点がいく。事業仕分けなどでいろいろと批判の矢面に立たされる土木事業であるが、黒部ダムや青函トンネルの建設が『黒部の太陽』(三船敏郎、石原裕次郎・主演)や『海峡』(高倉健・主演)といった映画のネタになるのも、大自然との格闘というスケールの大きさ、瞬時に決断を下さねば「死」に至る緊張感を常に抱えている「土木の世界」に魅力があるからであろう。

”男たち”と書いたが、トンネル工事に女性は一切登場しない。つい最近まで、鉱山の坑内も含めトンネルに入ることは許されなかった。法律で禁止されていたからである。女性の坑内労働禁止の条項が労働基準法に盛り込まれたのは昭和22年、背景には当時の炭鉱の劣悪な労働環境(確かに上述のような難工事に女性が携わるのは無理がある)と、「女性が坑内に入ると山の神が怒る」という迷信が広く浸透していたからだ[6]。私の父からも「山の神」の話は聞いたことがあるが、女性も普通にトンネルの中を車で走っているのだけどね。この労働基準法も、2007年4月1日施行の改訂労働基準法で「女性の坑内労働の規制緩和」が盛り込まれた[7]。昨今は女性の土木技術者や鉱山技術者もいるだろうし、男女雇用機会均等法の観点からも、自然な流れであろう。まあ、むさ苦しい男たちが似合う現場であることは確かだけど。

ラルダールトンネル(ノルウェー)
ラルダールトンネル(ノルウェー)

本書発行当時はまだ構想中、計画中だったり、計画すらも存在しなかったトンネルが、以降続々と誕生している。山陽新幹線用に新関門トンネル(’75年開通)も掘られているし、現時点で世界最長約54kmの青函トンネルは僕が社会人になった’88年に完成している。世界を見渡せば英仏海峡もトンネルで結ばれたし、つい先日の10月15日には、完成時には世界最長の約57kmとなるゴッタルドベーストンネル(Gotthard-Basistunnel)が貫通した。これらはいずれも鉄道トンネルであるが、道路トンネルではノルウェーのラルダールトンネル(’00年開通)が24,510mで世界最長、日本最長は関越自動車道の関越トンネルの上り線11,055m(’91年開通)。21世紀のもぐらたちはまだまだ掘り続けており、今後トンネル野郎の主人公に女性の名前が登場することがあるかもしれない。

延長別世界の道路トンネル一覧
延長別世界の道路トンネル一覧

延長別世界の鉄道トンネル一覧
延長別世界の鉄道トンネル一覧

(※1)シールド工法:トンネルの先端にシールドと呼ばれる茶筒の様な鋼鉄製の外筒を設けて、崩壊しようとする土を押さえつつ掘削を行い、内部でゼグメント(区切)と呼ばれるブロックをリング状に組み立てていく工法である[10][12]。軟弱地盤に用いられることが多い。ブリュネルは、フナクイムシが船の木に穴をあけるのを見てこのアイデアを思いついた。この虫は、木造船の木や浮いている木にもぐりこんでは穴をあけ、石灰質の分泌物で自分の掘った穴に水が入らないように防水壁を作る。彼の考案した工法は、鉄の太い四角い筒をトンネルの大きさに作り、切り羽(トンネル掘削の最先端箇所)に面する箇所を10個のセグメントに分け、そのセグメントごとに少しずつ掘る。掘り終わると筒全体をジャッキで推し進め、進んだ分の周囲を煉瓦で固める。後にグリーヘッドが現在では一般的な円形のシールドマシンを使って、トンネルの中の気圧を上げて水を止める圧気工法とシールドを一緒に行う方法を考案したことから、グリーヘッドが現在のシールド工法の生みの親といわれている。

(※2)圧気工法:トンネルの中に出てくる水の圧力とほぼ同じ圧力の圧搾空気を送り込み、湧水を防ぐ工法。作業者は大気圧より高い圧力下で作業するため、入り口の「エア・ロック」と呼ばれる部分で高い気圧に身体を慣らしてからトンネルに入る。


[参考・引用]
[1]「水底トンネル」コレクション、
http://uub.jp/nam/suiteitunnel.html
[2]日本を軌道に乗せた人たち 第三話-発明家大平拓也の奮闘-、峯崎淳、[日本の土木を歩く]、社団法人日本土木工業協会、
http://www.dokokyo.or.jp/ce/ce0703/aruku_01.html
[3]トンネルはなぜ崩れないか?、ののちゃんのDo科学、asahi.com、
http://www.asahi.com/shimbun/nie/tamate/kiji/20090610.html
[4]最終講義ノート、岩の力学研究40年、菅原勝彦、熊本大学学術リポジトリ、
http://reposit.lib.kumamoto-u.ac.jp/bitstream/2298/11013/1/sugawara20090227.pdf
[5]リチャード・トレビシック、Wikipedia、
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AA%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%BC%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%88%E3%83%AC%E3%83%93%E3%82%B7%E3%83%83%E3%82%AF
[6]「山の神」もう怒らない トンネル工事女性 解禁 労基法の改正検討、読売新聞、2005年5月12日
[7]平成19年4月1日より女性の坑内労働の原則禁止が緩和されました。、愛媛労働局、
http://www.e-roudou.go.jp/annai/kantokuk/20401/2040109/index.htm
[8]延長別トンネルの一覧、Wikipedia、
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BB%B6%E9%95%B7%E5%88%A5%E3%83%88%E3%83%B3%E3%83%8D%E3%83%AB%E3%81%AE%E4%B8%80%E8%A6%A7
[9]世界の長大道路トンネル(5km以上)、トンネルベストテン、社団法人日本トンネル技術協会、
http://www.japan-tunnel.org/files/images/data_longest_tunnel.pdf
[10]シールド工法―更なる長距離化・大深度化へ、テクノ・ライブラリ、KAJIMAダイジェスト2020年4月、鹿島ホームページ、
http://www.kajima.co.jp/news/digest/apr_2002/techno/index-j.htm
[11]シールドトンネルは大活躍、ものしり博士のドボク教室、土木学会ホームページ、
http://www.jsce.or.jp/what/hakase/tunnel/05/index.html
[12]トンネルの造り方、なんだか知らないけどトンネルが好き!、2008年4月29日、
http://tunnellove.cocolog-nifty.com/blog/2008/04/post_a5f7.html
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コメント

  1. 有田伊万里 | -

    『21世紀のもぐら』懐かしいですね。
    小学校の時の学級文庫に収録されており、むさぼるように読んだことを昨日のことのように思い出します。
    後日、どうしても欲しくて数年前に買い求めて、本棚に収まっていますが、いまみても高度な記載は驚かされますね。
    この本の影響で『トンネル』の代名詞が未だに『丹那トンネル』になっておりますが、まぁそれも「年寄りは年寄りらしく」と言うことでしょうか。

    ( 22:54 )

  2. papayoyo | -

    嬉しいです

    有田伊万里様、ようこそ。
    『21世紀のもぐら』をわかっていただける方は皆無だろうと思っていましたが、おられるのですね。
    私は親父に無理やり与えられて読んだ訳ですが、小学生で自ら進んで貪るように読まれていたとは驚きです。確かに改めて読み返すと丹那のくだりは手に汗握る良質なドキュメンタリー映画のようで小学生にとっても魅力ある物語になっていますね。その後、その道に進まれた方でしょうか。
    いずれにせよ本書に熱き思い入れのある方が、もう一人おられたことを大変嬉しく思います。

    ( 20:26 )

  3. 有田伊万里 | -

    『21世紀のもぐら』のおもひで

    お返事ありがとうございます。
    実はこの本を語り始めるとちょっとうるさいのです(笑)

    自分とこの本の出会いは、担任の先生が給食の時間に読んでくれたことがきっかけでした。先生が自費で学級文庫を整えていたのですが、その中に当時発刊したばかりのこの本もあったのです。
    その中から給食の時間に本を読んでくれたり雑談したり・・・満州の話は随分話してくれましたし、本も『坊ちゃん』『走れメロス』『ああ無情』・・・などなど、随分と読んでくれた物ですが、その中の一冊がこれだったわけです。

    正直、朗読には向かない本です。
    「底設導坑先進上部半断面掘削工法」などと読まれても小学生に理解できるはずない・・・先生も困ったと思いますが、途中でやめるわけにはいかず最後まで続きました。
    内容が地味なせいかあまり受けは良くなかったようですが、個人的に「丹那の4950フィート」はインパクトがありましたね。

    汽車に乗って通り過ぎるトンネル。

    「それは誰かがつくったものなのだ!」
    「もしかしたら人だって死んでいるかもしれない!」

    そう思ったらトンネルという建造物が非常に恐れ多いものに思えてある種の崇拝を感じたことを思い出せます。

    自分は最終的に別の道に進み、トンネルと縁はありませんでしたが、次に生まれ変わってくることが出来たら、是非ともこの道を進んでみたいと・・・そんなことを思っているのです(苦笑)

    長文失礼いたしました。

    ( 21:51 )

  4. papayoyo | -

    Re: 『21世紀のもぐら』のおもひで

    有田伊万里様、
    大変興味深いお話、ありがとうございました。
    給食時間に朗読とは、良い先生に恵まれましたね。
    また時々ご訪問いただければ幸いです。

    ( 09:42 )

  5. 774さん | -

    おお、懐かしい!

    まさかの 21世紀のもぐら のページ。
    子供の頃は結構本気でトンネル技術者になりたかったことを思い出しました。
    結局別の道を歩みましたが、この本を読んだことは忘れ難い思い出になってます。

    ( 22:31 )

  6. papayoyo | -

    Re: おお、懐かしい!

    774様、コメントありがとうございます。
    「21世紀のもぐら」は自分の備忘録のつもりで記事にしたのですが、
    意外と反響があるのでびっくりしています。
    地味な児童書ですが、読み返してみると、
    非常によく書かれた本であることがわかります。
    隠れた名著。

    ( 19:10 )

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