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Checker  

Checker Marathon

前回の“Big Yellow Taxi”で登場したチェッカー・タクシー。ニューヨークのイエローキャブといえば、映画「タクシー・ドライバー」(1976年アメリカ、マーティン・スコセッシ・監督、原題“Taxi Driver”)で使われたチェッカー・マラソン(Checker Marathon)が有名で、黄色い車体に白黒の市松模様は、イエロー・キャブの代名詞的存在であった。

映画「タクシードライバー」より
映画「タクシードライバー」より

黄色いタクシーは、コネチカットにあったBristol Engineering社(New Departure Manufacturing社の子会社)が、1908年に初めて生産している。ここから黄色いタクシーはアメリカ各地に広がり、イエローキャブで有名なニューヨークにYellow Taxicab社が設立されるのは1912年。この流れとは別に、「黄色が最も視認性がよい」というシカゴ大学の論文を元に、科学的見地からタクシーに黄色を採用したのが、John Hertz(レンタカーで世界的に有名なあのHertz)の設立したシカゴのYellow Cab社である。1915年のこと。コネチカットのタクシーが黄色になったのは、New Departure Manufacturing社の創設者Albert F. Rockwellの妻が、特に黄色が好きだったからである。その結果、Rockwellのタクシー会社はYellow Taxicabという名前になったという訳。しかし、個人的嗜好よりも、科学的根拠から黄色を採用したシカゴ派の方が、今日ではイエローキャブの起源とされているようだ[1]。ちなみにニューヨークのタクシーは、今では車体を黄色に塗装することを義務付けられているそうだ[2]。

1922 Checker
1922 Checker

チェッカー(Checker)社は、縫製工場事業で成功したロシア移民のMorris Markinが、借金の形で手に入れた車体製造会社Markin Automobile Body社と、その車体でタクシーを販売していた倒産寸前のCommonwealth自動車の2社を、Commonwealth社の大口顧客であったChecker Taxi社の援助で、1922年に合併して設立したChecker Cab社が前身である。Markinの下では、チェッカー社はアフリカ系アメリカ人のドライバーを雇い、ドライバーは白人に限らず、あらゆる人種の乗客を乗せることを求めた最初のタクシー会社となったことは、特筆すべきことであろう。

1929年には、前出のJohn Hertz が所有していたYellow Cab社、その売却先であったParmalee社もMarkinが取得することとなる。1937年にはChecker Taxi社も完全に支配下に置いた。1940年には、Checker Cab社やYellow Cab社を傘下におくParmalee社は、全米で最も大きいタクシー会社に成長した。

Checker Superba
Checker Superba

その後、チェッカー社のタクシーは順調に人気を得て、1950年代中盤にはすでに全米に行きわたっていた。絵本“Big Yellow Taxi”のモデルと思われるのは、まさにその全盛期に当たる1956年に登場し、“モダン”チェッカーとして知られる丸目2灯のA8モデル。パワステとパワーブレーキ、ATがオプションで付いた。1958年のA9モデルは丸目4灯にフェイスリフト。同年、A8とA9の車体の長さを延ばした、一般に「エアロバス」と呼ばれるモデルも登場している。9人と12人乗りのバージョンがあり、ホテルや空港の送迎用タクシーとして採用された。チェッカー社は1960年には、乗用車ビジネスにも参入。チェッカー・スパーバ(Superba、A10型)がシカゴ・オートショーでデビューする。タクシーキャブA9の車両をベースに、ほぼそのまま乗用車仕様とされた。1961年には、スパーバ・スペシャルが、以降イエロータクシーの代名詞とも言えるマラソン(1963年モデルからA12型)と名前を変えた。’56年のモダンチェッカーの登場から生産終了する1982年まで、1974年にデザイン的に「醜悪」といわれた「5マイルバンパー」が装備された以外、ほとんど外観上の変更はなかった[3][4][5]。

”Big Taxi”と言われるくらいだから、どれくらいの大きさか調べてみると、
全長:5,201mm/5,067mm、全幅:1,930mm/1,918mm、全高:1,590mm/1,594mm(1979 Checker Maraton/Cheker Superba)[6]。やはりでかかった。

1964年には、ニューヨーク州がMarkinとチェッカー社を独占禁止法で告発。チェッカー社はタクシーの製造とビジネスの両方を経営していたので、タクシー事業の独占的取引をしているという理由だ。チェッカー社は、他のブランドの車に流れるよりも、ニューヨーク市にライセンスを販売することを選択した。

Morris Markin
Morris Markin

1973年のオイルショックは、チェッカー社の終わりの始まりであった。Markinの死後、GMを退職した元社長Edward N. Coleが、1977年にチェッカー社を購入し、会社の再生を図るものの、1982年には自動車生産を中止、チェッカー・タクシーキャブとマラソンの製造終了も決まり、その歴史に幕を閉じた。さらに老朽化と補修部品の入手の困難により、1999年を最後として、タクシーキャブはニューヨークの街から姿を消した。チェッカー社もその後会社再編を経て、主にGM車向けの部品製造を細々と続けていたものの、2008年の金融クライシスの影響を受けて破産申請、2つのカナダの会社に資産を売却した。そして、今年1月、ミシガン州カラマズー(Kalamazoo)にあった本社の売却をもって、長いチェッカー社の歴史に終止符を打ったのである。

[引用・参考]
[1]Yellow Cab、Wikipedia、
http://en.wikipedia.org/wiki/Yellow_cab
[2]イエローキャブ、Wikipedia、
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%82%A8%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%82%AD%E3%83%A3%E3%83%96_(%E3%82%BF%E3%82%AF%E3%82%B7%E3%83%BC)
[3]History of Checker Motors、
http://pbraaca.org/light-blue-smoke/8-light-blue-smoke/46-history-of-checker-motors
[4]チェッカー・マラソン、Wikipedia、
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%81%E3%82%A7%E3%83%83%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%9E%E3%83%A9%E3%82%BD%E3%83%B3
[5]Origin and History of Checker Automobiles and the Checker Motor Corporation、
http://www.darnton.ws/~lane/Checker_story.html
[6]Specifications of Checker cars、
http://www.carfolio.com/specifications/models/?man=1262
[7]Checker Motors Corporation、Wikipedia、
http://en.wikipedia.org/wiki/Checker_Motors_Corporation
[8]Checker Motors: Taxicab Makers、Kalamanzoo Public Library、
http://www.kpl.gov/local-history/business/checker.aspx

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Posted on 2010/05/31 Mon. 18:56 [edit]

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