Le 8e pilote Km. 357

休刊する『NAVI』誌から、お年玉企画で「Le Grand Garage」以外にもいただいたクルマ絵本がある。それが、本日紹介する“Michel Vaillant(ミシェル・ヴァイヨン)”(Jean Graton・作、Editions du Lombard)である。日本では余り馴染みのない、フランスやベルギー文化圏の「漫画」で、ヨーロッパでは非常に有名なコミックだ。フレンチ・コミックのことを、バンド・デシネ、またはバンデシネ(bande dessinée)といい、通称BD(ベデ)と呼ばれる。BDはヨーロッパでは「9番目の芸術(le neuvième art)」(※)として認識されており、批評や研究の対象となっているそうだから[1]、十分なクルマ“絵本”である。日本人がよく知っているBDといえば、“TINTIN(タンタンの冒険旅行)”であろう。以前に「タンタンのコンゴ探検」でも取り上げたことがある。

しかし、この“Michel Vaillant”を知る日本人はほとんどいないと思う。かくいう私も、このBDを手にするまで全く知らなかった。職場にいるフランス語圏出身の同僚らに聞いてみたところ、男女問わず皆知っていた。Web上でも日本でいうサザエさん並みの知名度なのだと紹介されている。

主人公Michel Vaillant
主人公のMichel Vaillant

そんな老若男女誰でも知っているというクルマ“漫画”とはいったいどんな内容なのか。[2]によれば、ミシェル・ヴァイヨン(以下MV)とは、主人公のイケメンレーサーの名前。ヴァイヨン家はもともと運輸業を営んでいたが、トラックや自動車の製造に乗り出すうちにF1参加を決意。御曹司ミシェルをドライバーとするレース・チームを結成し、数多くの困難を乗り越えてF1やインディカー、ラリーといった様々なモータースポーツに挑んでいく。ヴァイヨン・レース・チームのチームメイトに、アメリカ人のスティーヴ・ウォーソン。マシンの開発・整備はミシェルの兄のジャン・ピエールが担当し、監督はミシェルの父アンリが務めている。私の幼少の頃には「マッハGoGoGo」(吉田竜夫・原作)というレースアニメが人気であったが、所詮は子供向けで、サザエさん並みといわれるとレベルが違う(DVD-BOXが出てる!欲しい!また観たい!)。こんなプロットのBDが膾炙(かいしゃ)されているなんて、さすが、自動車やモータースポーツが文化として定着しているお国柄である。

MVの第一弾”Le 24ème heure”が発表されたTINTIN誌(1957年453号)[5]
MVの第一弾”Le 24ème heure”が発表されたTINTIN誌(1957年453号)[5]

MVの誕生は1957年。ベルギーの漫画家Jean Graton(ジャン・グラトン)が、フランスの漫画雑誌『TINTIN(タンタン)』誌に発表した“Le 24ème heure(24番目の時間)”が第一弾。ル・マン24時間耐久レースが舞台で、不屈のパイロット、MVがヨーロッパで伝説のヒーローとなった。‘59年に単行本化された“Le Grand Defi(大いなる挑戦)”以降シリーズ化され、現在に至るまで第70巻“24 heures sous influence”まで刊行されている。ここまで人気が続いているのは、本作のフィクションとリアリティの交錯が魅力とも言われている。MVは実在のパイロット、例えばF1でいえばミハエル・シューマッハらと劇中で戦う。アイルトン・セナも常連だし、兄ジャンの親友はスティーヴ・マックイーンだったり、ジェームズ・ディーンや本田宗一郎までもが登場するのだ[3]。また、レースドラマというと、一匹狼的な孤独なレーサーの戦いを描くことが多いのだが、このBDはレースチーム一家の家族ドラマという設定も人気を博している理由のようだ。(レース一家の渡鬼なのか?)

出世作と同様、ル・マン24時間レースを舞台にした初の実写映画版(タイトルもそのまま“Michel Vaillant”)も、2003年に公開されている。脚本はあのリュック・ベッソン。彼も子どもの頃から、このMVの大ファンだったそうだ。シリーズ第66巻でこの映画の逆漫画化がアナウンスされているが、仏語はわからないので真偽のほどは定かでない。全70巻のリストは以下参照。
http://www.bedetheque.com/serie-188-BD-Michel-Vaillant.html

MV(“Le 8e pilote”より)
“Le 8e pilote”より

さて、『NAVI』からいただいた“MV”は、第8巻“Le 8e pilote(8人目のパイロット)”と、第16巻“Km. 357”の2冊。フランス語は全く理解不能であるが、絵は「タンタンの冒険旅行」同様、全編カラーのハードカバーで、絵本のように色彩豊かで美しい。ただコマ割りは、日本の漫画のように大胆な構図をとることはなく単調である。ここが、バンド・デシネ=描かれた帯(コマ割が帯のようになっている)の由来でもある。絵のタッチは、極めて写実的で一見アメコミのようだが、[4]によればBDはアメコミのような勧善懲悪なヒーローものは全くないそうだ。でも、ヴァイヨンチームに妨害工作を仕掛けるちょっとマヌケな「リーダー」チームといった敵役の存在は、海外コミックのお決まりのスタイルである。

ミシェル・ヴァイヨン ザ・コミック
ミシェル・ヴァイヨン ザ・コミック

全編を訳す気にもならないほど会話や説明が多く、ただただ書棚を飾っているだけだったのであるが、先の映画の公開に合わせて、原作コミック3話(1巻1話)を完全翻訳したコミック誌が出版されていたことを知り、以前から入手をしていた。そのコミック誌は「ミシェル・ヴァイヨン ザ・コミック」(月刊ニュータイプ2004年1月号増刊、角川書店)で、日本人がMVを知るには実に貴重な資料である。収録されている作品は、原作者グラトンとリュック・ベッソンが選んだベスト3で、第5巻“Le 13 est au départ(ナンバー13の出発)”、第22巻“Rush(ラッシュ)”と第65巻“L'épreuve(試練の時)”(以上、相澤萌木・訳)である。第65巻は、ジャン・グラトンの末息子(三男)フィリップとの共作となっている。

MV(“Le 13 est au départ”より)
“Le 13 est au départ”より

日本語で読んだ個人的感想としては、素直に「面白い!」。クルマやレース好きな人にとってはね。レースに関する実に細かな描写と解説は、エンスーにとってはたまらないであろう。その解説の詳しさは大人の知識欲を十分満足させてくれる。“Le 13 est au départ(ナンバー13の出発)”なんて、ル・マンの舞台裏までよくわかる作品だ。しかし、一般の日本人が好んで読むとはとても思えないようなマニアックな世界である。日本では受けないだろうなー。日本の漫画のような、流れるようなアクション展開はないし、ストーリーも凝っていない。いちいち書かれるト書きの解説文は、日本のコミックに慣れた読者にはちょっと抵抗がある。レースカーが横転した場面で、「激しく横転、ドライバーは車から投げ出され押し潰される」といった説明文は不要だろう。これで、ヨーロッパではサザエさん並みとは、欧州のクルマ文化、マンガ文化は日本のそれとは次元が違うとしか言いようがない。でも、「タンタン」のように全シリーズの日本語訳化を期待したい(二玄社さん、出版してみませんか?)。このような文化が受け入れられて初めて、日本の自動車文化はグローバルスタンダードになるのかもしれない。

それにしても、1963年発行の“Le 13 est au départ(ナンバー13の出発)”と、2003年発行の“L'épreuve(試練の時)”のMVは、40年以上の時を隔てているにもかかわらず、自動車は進化していても、ミシェルを含めキャラクターたちはほとんど歳をとっていない。この辺はサザエさん一家と同じである。

Jean Graton
Jean Graton

原作者のジャン・グラトン(Jean Graton)は、1923年、フランス、ナント生まれのベルギー人。16歳から造船場で働き始め、その後、1947年にブリュッセルに移り住み、アニメーションや広告会社に勤務する。前述のように1957年よりMVを執筆。80歳を過ぎた今でも現役である。94年、シリーズ57作目となる“La piste de jade(シャドの走路)”以来、息子のフィリップが参加をはじめ、主にストーリーを担当し、ジャンが変わらず絵を描いている。現在“スタジオ・グラトン”の本拠地はベルギーのウックル。MVは世界17カ国で、2000万部以上の売上を誇る[3]。

(※)じゃあ、他の8つの芸術は何かというと、1番目は文学、2番目は音楽、3番目は絵画、4番目は演劇、5番目は建築、6番目は彫刻、7番目は舞踏、8番目は映画、そして9番目がベデということらしい。フランスだと料理が入るような気もするのだが。







[参考・引用]
[1]バンド・デシネ、Wikpedia、
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%87%E3%82%B7%E3%83%8D
[2]ミシェル・ヴァイヨン、Wikipedia、
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9F%E3%82%B7%E3%82%A7%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%A8%E3%83%B3
[3]ミシェル・ヴァイヨン ザ・コミック、ジャン&フィリップ・グラトン・著、角川書店
[4]フランス語圏の漫画について、
http://www1.odn.ne.jp/cah02840/tufs/bandes_dessinees.pdf
[5]Le journal de Tintin édition française en 1957、
http://www.bdoubliees.com/journaltintin/annees/1957.htm
[6]Michel Vaillant、LA MARQUE BD、
http://marquebd.free.fr/Dossiers/MichelVaillant/index.html
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コメント

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    ( 21:03 )

  2. papayoyo | -

    Re: コメントお礼

    Moegui様

    添付のメールアドレスが文字化けしており、返信できなかったので、本ブログ上でコメントお礼申し上げます。

    ( 19:18 )

  3. takahiro | -

    はじめまして
    最近ミッシェルヴァイオンに興味を持ちはじめたのですがブログの壁紙?に使われてるのもミッシェルヴァイオンなのですか?
    もしよろしければ教えてください。

    ( 22:08 )

  4. papayoyo | -

    ミシェル・ヴァイヨン

    takahiroさん、ようこそ。
    壁紙のイラストは、Christophe Merlinさんの”RENAULT SANS LIMITES”というBDです。バンデシネという意味では「ミシェル・ヴァイヨン」と同じジャンルですね。これも素敵なBDですよ。Amazonで入手しました。
    http://ehonkuruma.blog59.fc2.com/blog-entry-573.html
    「ミシェル・ヴァイヨン」については、日本ではなかなか手に入れにくいと思います。私は3冊もっていますが、この記事に書いたように2冊は非常に特殊な経緯で手に入れたもの、1冊はヤフオクです。日本語で読むには「ミシェル・ヴァイヨン ザ・コミック」がおすすめですが、これも今は入手困難そうですね。あとはAmazon.frから直接購入する手もあると思います。フランス語圏の人間なら誰もが知っているようなコミックですので、フランスに旅行でも行けば、比較的簡単に手に入るでしょうが。

    ( 23:33 )

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