のりものスピード図鑑1 くるま

今年の名言の一つに、政府の事業仕分け作業で、次世代スーパーコンピューター開発予算に対する蓮舫参院議員の一言、「(コンピューター性能で)世界一になる理由は何があるのでしょうか。2位じゃダメなんでしょうか。」があげられるであろう[1]。あのドSな蓮舫さんの口ぶりに、ノーベル賞学者まで巻き込んでの毀誉褒貶相半ばする議論に発展したのは記憶に新しい。

世界一を目指すのは、自動車業界でも一緒で、GM没落後、トヨタやフォルクスワーゲンは世界一の販売台数にしのぎを削っている。ワーゲンのスズキとの提携もその一貫。特にスピード競争はその最たるもので、ドイツにあるテストサーキットとしてよく知られるニュルブルクリンクで、日産GTRが市販車で世界最速ラップをたたき出したと言えば、ポルシェがケチをつけるなんざあ、日常茶飯事の事である[2]。そんな自動車のスピードの世界を児童向けに書き下ろしたのが、今回紹介する「のりものスピード図鑑1 くるま」(イアン・グラハム・文、トム・コネル・絵、中村美紀・訳、岩崎書店)である(原題は“Built for Speed Cars”、Ian Graham、Tom Connell、Belitha Press)。

とにかく「スピード図鑑」というだけあって、速いクルマのオンパレード。表紙のフェラーリ550やジャガーXJ220に代表されるスーパーカーから、ルノー・スピダー(スパイダー)のようなピュアスポーツカー、F1やインディカーにラリー車、400メートルの直線コースでスピードを競うドラッグレースに出るレーシングカー、ドラッグスターの解説や、ジェットエンジンを搭載してとにかくスピード記録に挑む自動車のことなど実に多彩な絵本(児童書)となっている。

「のりものスピード図鑑1くるま」ルノー・スピダー
ルノー・スピダー(「のりものスピード図鑑1くるま」より)

本書の優れたところは、単に速いクルマを羅列しただけではなく、最新のクルマのスピードを出すための仕組みを理解させるために、自動車の設計から試験・評価まで言及されているところである。英国のサイエンスライター、イアン・グラハム氏はその辺の解説のツボをよく押さえている。児童書といえども手抜きはない。1953年、英国北アイルランドの首府、ベルファーストに生まれた作者は、ロンドンのシティ大学で応用物理学を学ぶ。同大学院で科学技術のジャーナリズムを専攻し、修士号を取得する。その後、家電雑誌の編集者を経て、フリーランスのライター、ジャーナリストとなる。以降、100冊以上の科学技術を中心とした児童向けノンフィクション本や多数の雑誌の記事を書いている[3]。本作は、イアン・グラハム氏の「のりものスピード図鑑」シリーズ全4巻のうちの1冊で、他にオートバイ、ひこうき、ふねが既刊されている。

そして、本書の最大の主題は、「なぜ人はスピードを求めるのか」ということであろう。作者によれば「もっと遠くへ、もっと速く行きたい。人々はいつもそう願っている。」と。人間であれば自然な欲求なのだ。一般公道、サーキットやオーラル(楕円)・直線コース、砂漠といった様々な特別な環境条件下で、自動車の技術者は最良・最高の設計をしようと挑戦する。その挑戦の中で、日々技術は磨かれ、進歩をしていく。私も技術者の端くれなので、厳しい戦いに挑むモチベーションの源泉として「世界一」という目標を掲げる気持ちはよくわかる。

事業仕分けで批判の矢面に立たされた次世代スパコン開発を進めている理化学研究所(理研)には、大学時代の研究室の後輩が、今回の予算削減に大きな影響を受けるであろう数値計算力学のチームを率いているので、気にはなっていた。彼ら理研の代弁をするならば、上記の理由によって「世界一になる理由、それはそこに越えるべき技術の山があるから。2番手じゃだめなのです」。とはいえ、開発関係者は、これまでの研究開発の意識を変えなければいけない時代になっていることも理解しなければならない。

来年度予算は92兆円という過去最大の額になってしまったが、税収見込みも40兆以下、国の財政は完全に破綻している。給料の倍以上の支出をしているなんて考えられない家計の状態である。こういう状況で、全員が欲しいものを買えるはずもない。皆が工夫をしてフルーガル(倹約)に振る舞わなければいけない、今はそういう緊急時なのである。

日本の科学者、政府の科学技術予算削減への抗議に結集
日本の科学者、政府の科学技術予算削減への抗議に結集[4]

ノーベル・フィールズ賞受賞者のお歴々が、蓮舫女史の発言に始まった科学技術予算カットに対する抗議会見を開いていた頃[4]、長崎大学の浜田剛助教授らがスーパーコンピューター分野のノーベル賞といえる「ゴードン・ベル賞」を受賞という記事がひっそりと紙面に載っていた[5]。わずか、1台2万円程度のグラフィック・ユニット(GPU)、まあ普通のゲーム機に使われるような画像処理装置を760台並列に接続して、国内最速の演算処理能力を持つスパコンを作ってしまったのである。開発費用はなんと3800万円、事業仕分けの対象となった次世代スパコン開発の当初予算が270億である。3桁違う。この低価格並列型スパコンの開発には、理研も開発に関与している[6]。やればできるじゃん。

まあ実際世の中に役立つ計算技術の開発は、単なる演算速度だけの問題でもないので、次世代スパコンと長崎大スパコンとを同列には比較できないものの、何百億もかける前に、もっと知恵の出しようはあるのではないかと思った次第。これこそが「イノベーション」の好例ともいえる。前出のノーベル賞学者の方々も、会見の中で、「政府へは予算削減の再考をお願いするが、我々研究者も総力を上げて少しでもお金のかからない知恵を絞ろうではないか。」くらいの単に批判だけではない建設的な発言は出来なかったのか。そもそも、金よりも知恵(アイデア)によって名誉を勝ち取ってきた人たちの行動だけに悔やまれる。

事業仕分けでの蓮舫議員
事業仕分けでの蓮舫議員

自動車を例に挙げれば、エコやフルーガルが要請される現代においては、スピードや販売台数といった「増やす」ビジネスで攻める視点は変えていく必要があるのだろう。もはやこのような世界一は“Cool”とはいえない。蓮舫議員とは違い、私自身「世界一」を目指すことは、科学者や技術者、経営者のモチベーションを保つ意味では絶対に必要なことだと思っている。ただ、その目指す世界一は、燃費(電費)やリサイクル率だったり、経営指標も単に生産や販売台数ではなく利益率とかCSR(企業の社会的責任)などで持続可能な社会を実現するための世界一を目標にした方が”It's so cool“、そういう時代なのだ。そんなことを考えて読むと、本書のようなテーマは時代感覚から少しずれてきているのかもしれない。ちょっと淋しい気はするけれど。



[参考・引用]
[1]【事業仕分け】最先端科学も“敗北” 「スパコン世界一」を否定 ノーベル賞受賞の野依氏憤慨、産経ニュース、2009年11月13日、
http://sankei.jp.msn.com/politics/situation/091113/stt0911131914010-n1.htm
[2]これがニュル7分29秒証拠ビデオだ!日産 GT-R 対 ポルシェ 911 場外バトル、Response、2008年10月11日、
http://response.jp/article/2008/10/11/114873.html
[3]Authors、Artists、and Consultants、salariya.com、
http://www.salariya.com/about/pages/author_artist.html
[4]日本の科学者、政府の科学技術予算削減への抗議に結集、nature japan、2009年11月26日、
http://www.natureasia.com/japan/nature/special/nature_news_120109.php
[5]スパコン開発で「ゴードン・ベル賞」 長崎大助教ら受賞 「国内最速」安価で実現、西日本新聞、2009年11月27日、
http://www.nishinippon.co.jp/nnp/item/136999
[6]GPU クラスタによる高性能計算技術の実証:長崎大学濱田剛テニュアトラック助教らのGPU クラスタによる計算がゴードン・ベル賞を受賞、長崎大学ホームページ、
http://www.nagasaki-u.ac.jp/main/gakujutsu/2009/gaku20091126.pdf
[7]Tom Connell、Courtenay's fine art、
http://www.courtenaysfineart.com/Tom_Connell.html
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