月夜のじどうしゃ

月夜のじどうしゃ

10月3日は十五夜。秋雨前線の停滞で、3日も昼間は天候が優れなかったが、夜になるときれいな満月が顔を覗かせていたお月見日和。そんな月夜の晩を舞台に、一人のじいさんと、たぬきの親子との交流を描いた「月夜のじどうしゃ」(渡辺茂男・文、井上洋介・絵、講談社)を今夜は紹介する。


中秋の名月
今年の中秋の名月

じいさんは、海を見下ろす崖の下にある、「くるまのはかば(廃車場)」の番人。廃車場ではずされたホイールやタイヤを運んだり、使えそうな部品を片付けたりしている。

今は亡き母から聞いた話によると、私の叔父は、戦後まもなくは外車のディーラーなんかをやっていて羽振りがよかったらしい。私が物心ついた頃は、その面影はなく、何を生業にしていたのかは定かではないが、やはり車の関係の仕事をしていたのだろう、結構広い自宅の敷地内には廃車がずらりと並んでいた。幼少の頃、叔父の家へ遊びに行くと、時々、廃車置場でなんだかわからない車の部品をあさっていた記憶があり、何か懐かしい。

このじいさん、「わしの いちばん やらなきゃ ならん しごとは、つかいのこしの あぶらぬきじゃ。きれいな 海や 山を、きたない あぶらで よごす わけには いかんのよ。」と、ぶつぶつ独り言を言いながら、いつも働いている。

そう、廃油の処理を誤ると、漏れた油が地中に染み込んだり、雨水溝に流れ込むと、甚大な環境被害が出てしまう。したがって、廃車解体作業では液抜きが非常に重要だ。廃液も残留ガソリンやエンジンオイルオイル、その他潤滑オイルなどの油脂系だけでなく、バッテリー液、フロンガス、不凍液、ウォッシャー液など、不当に廃棄すると環境に影響を与えるものが多々ある。これらは確実に抜き取られ、再生処理業者へ出荷してリサイクルされているようだ[1]。

じいさんは、月夜の晩に、浜辺でハーモニカを吹くのが好きなのだが(野田知佑みたい)、波打ち際に打ち上げられた流木やごみを拾って持ち帰る。時には大量のごみ拾いに夜更かしもしてしまう、たいそうエコな人なのだ。

このじいさんのハーモニカの音色に心うきうきさせているのが、近くの谷川ぞいに住む、たぬきの親子。十五夜にじいさんがハーモニカを吹いていると、暗がりからたぬきの親子がやってきた。母親たぬきと、3匹の子だぬきだ。そのかわいい姿にじいさんはお供えのだんごをおすそわけしてあげた。それ以来、彼らの交流が始まり、いつしか月夜には一緒に晩飯を食べるようになった。ごみ拾いも一緒に行う仲となった。

「月夜のじどうしゃ」その1

ある晩、じいさんが海岸での流木ひろいが大変だと話をすると、たぬきが運搬のためのじどうしゃを作る提案をする。じいさんとたぬきたちは、くるまのはかばに捨ててあった、T型フォードのようなポンコツ自動車を修理して、ポンコツの耕運機のタイヤを履かせて出来上がり。みんなで、月夜の浜辺をじどうしゃで走りました、というお話。

最後の挿絵は、満月をバックにじいさんの影がたぬきの姿になっていて、読者にいろいろな解釈を考えさせてくれる。でも、作者の本当の意図はなんだったのだろう…。

「月夜のじどうしゃ」その2

本作は、94年度講談社出版文化賞絵本賞受賞作。「てつたくんのじどうしゃ」でも紹介した講演会でのわたなべてつた氏によれば、ちょうど今の私の父のように、作者渡辺茂男氏の最愛の奥様が亡くなられた後、精神的に落ち込んでいた時に書かれたとのこと。なので、一人暮らしのじいさんの設定は、渡辺氏本人を投影しているようでもあるし、最後のシーンはまた家族5人(渡辺家も子ども3人)で仲良くドライブをしたいといった、亡き妻への想いが込められているのかもしれない。

[参考・引用]
[1]廃車ひきとり110番、
http://www.haisya110.com/qna04.html
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