どうしようもないわたしが歩いてゐる

山頭火句集

母の四十九日を無事終えた。実家の菩提寺でもある山口県防府市の護国寺で法要を行った。護国寺は、漂泊の俳人、種田山頭火の菩提寺としても有名である。

種田山頭火
種田山頭火

小生、山頭火とは縁が深い。本籍地である防府市は山頭火の出生地。護国寺の住職、橋本隆道氏は、山頭火の研究家でもあり、寺には展示資料室も存在する。法要の度に、親戚の者から住職に「山頭火」の話は禁句だとよく言われた。話が長くなるからである。実家の造り酒屋が破産したために、山頭火が妻子を連れて移住し、出家得度したのが、私が学生時代を過ごした熊本市。熊本でも多くの句を残した。私は俳句を嗜む趣味はないのだが、このような縁で、山頭火は学生時代から何かと気になる存在であった。

山頭火の菩提寺、護国寺
山頭火の菩提寺、護国寺

話は十五、六年くらい前にさかのぼる。当時私は、今や天下り先と批判にさらされる公益法人に出向し、大阪で勤務していた。仕事は激務であり、毎日が午前様。資料作成やデータ整理に土日もなく、霞ヶ関にある本省との調整で大阪と東京を新幹線でまさに東奔西走。独身ゆえにできる生活で、当然、彼女が出来るはずもなく、仕事以外は酒に走っていた日々であった。泥酔し、鞄をどこかに忘れてきた日もあった。

そんな疲労困憊、満身創痍でふらふらと大阪梅田を徘徊していたときに、とある書店で販売されていた一枚の木版画に目が留まる。そこには、次のような句が書かれていた。

どうしようもないわたしが歩いてゐる  山頭火

それは自分を見失いかけていた当時の私の姿そのものを表現していた。しかも作者はあの山頭火。小山の中の一本のくねくねとした小道を、一人の僧侶がとぼとぼと(そんな風に見えた)歩く。そのどうしようもない僧侶の姿に自分を重ね合わせていた。私は、小崎侃(こざきかん)の描く朴訥とした絵に一目ぼれし、その版画を衝動買いしてしまった。今となっては懐かしい、きつかったけれど、いろいろと経験させてもらった良き大阪時代の思い出の一枚である。

小崎侃「どうしようもない」
小崎侃作版画「どうしようもない」

その小崎侃の木版画が添えられた「山頭火句集」(村上譲・編、小崎侃・画、ちくま文庫)を最近手に入れた。ぱらぱらとめくる。

秋風、行きたい方へ行けるところまで 山頭火 

自由きままな旅がしたくなった。
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[ 2009/09/16 23:33 ] bookshelves/本棚 | TB(0) | CM(0)

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