もりたろうさんのじどうしゃ

もりたろうさんのじどうしゃ

我が家の九州のおじいちゃんもとうとう一人になり、2人の孫にも会いたいだろうけど、この本も自分で自動車を運転して孫に会いに行くおじいちゃんのお話。「もりたろうさんのじどうしゃ」(大石真・作、北田卓史・絵、ポプラ社)は、1969年の初版以来、今なお増刷され続け、40年も読み継がれているクルマノエホンの古典的名作だ。

毎日毎日、雨の日も風の日も歩いて配るお年寄りの郵便配達人、もりたろうさんはいつも、自動車があればなあと思っていた。定年退職したもりたろうさんは、運転免許を取ることを決めた。まず、自動車教習所に通う。40の手習いというが、定年後の還暦を越えてからの運転免許取得は困難を極めたことであろう。高齢社会の今でこそ、高齢ドライバーの多くは若い頃に運転免許を取得した世代。私の父も昭和42年に免許を取得しているので、40年以上のキャリアを持つ。現在もさすがに頻度は減ったものの、80歳傘寿にしてまだ現役である。本書が出版された60年代後半は、日本にもマイカーブームが到来した頃であるが、69年当時の免許保有者数は2,500万人弱[1]、2008年に8,000万人の大台に乗った[2]現在と比較すると約3割程度だった。まだまだ免許取得自体が一般的でなかった40年前に、おじいちゃんが免許を取ろうなんてお話、もの珍しかったに違いない。ちなみに現在の65歳以上の免許保有率は全保有者の約15%で、16~24歳の若年者層よりも多い[2]。今や、若者が免許を取るのが珍しくなっている。

もりたろうさんのおんぼろじどうしゃ

さて、もりたろうさんはなんとか免許を取り、中古車販売店に自動車を買いに行く。でもどれも高くて手が出ない。するとそこにおんぼろな自動車が。「あれなら買えるぞ。」と彼はその車を買って帰る。自分でペンキを塗りなおし、壊れた箇所を修理して洗車した。ある日、息子から孫の誕生日に来て下さいと手紙が届く。早速、このきれいになった自動車で孫に会いに行くことになった。道中の様々なトラブルがストーリーに深みを与え、子どもたちを虜にする。前出「車のいろは空のいろ」の作者でもある北田氏の考え抜かれた挿絵の数々が、この本の魅力をさらに高めてくれる。

話がそれるが、九州のおじいちゃんも、自分でよく修理をしていたことを思い出す。キャブレターやエアフィルター、プラグをよく交換したり掃除していた記憶がある。最初に買った中古の初代カローラがエンコばかりしていたのだが、おかげで車の構造の勉強になったと言っていた。

本書の挿絵に関する考察は[3]に大変詳しい。文献[3]においては、挿絵の魅力の一つとして、クルマの描写のリアリティーさに言及しており、モデルの車種構成についても詳細に分析されている。以下、文献から参考・引用させていただく。

Austin 7 1909
Austin 7 1909

もりたろうさんの“おんぼろ”じどうしゃのモデルについてであるが、北田氏があとがきでも述べているように、本当はオースチン・セブン1909型(上図、※1)を使いたかったそうだが、そんなレアな代物が安く店頭に出るはずもなく、オースチンともダットサンともつかない1930年代の架空の車にしたとのこと。北田氏はかなりのクルマ好きらしく、この車を水冷4気筒、15馬力くらい、サスペンションは、前後とも乗り心地の悪いリーフ式(重ね板バネ式)のリジット・アクスル(=車軸懸架)と想定している。

「もりたろうさんのじどうしゃ」その1

「もりたろうさんのじどうしゃ」その2

もりたろうさんが車を購入した中古車販売店の挿絵(19頁、上図)では、右からウズレー・ホーネット、日産ブルーバード411型、同じく20-21頁(下図)の販売店に並ぶ車については、右から2台は判別できないものの、3台目はマツダ・コスモスポーツ、以下トヨペット・クラウンRS41型スバル360、初代日産サニーと分析している。2代目は確かに不明だが、私は1台目がトヨタ・パブリカ800に似ているように見えるのであるがどうだろうか。

「もりたろうさんのじどうしゃ」その3

32-33頁の挿絵に目を移すと、おんぼろじどうしゃと同じ方向に走る黄色と緑の車は、ともに2ドアのファストバックスタイル(※2)の車と判断している。本書が初版された69年にはまだ日本にはこのスタイルを採用した車がなかったことから、アメ車ではないかと分析している。対向車線に走る車は、赤い車がトヨタ・パブリカ800、青いライトバンは不明、オレンジの車がスバル360、ピンクのコンバーチブル車がトヨペット・コロナT40/50型だ。ただし、トヨペット・コロナにオープンは存在しないので、作者の遊び心ということらしい。

「もりたろうさんのじどうしゃ」その4

34-35頁の挿絵で車種の判別できるクルマは5台。おんぼろじどうしゃを追い抜こうとしているリア姿の車はトヨペット・クラウンMS50型、対向車は前から初代ダッジ・チャージャー、スバル1000、ホンダN360、ジャガーMkⅡである。それにしても、文献[3]では細かく調べられているが、これだけ車種を特定できるということは、本書がいかに写実性にこだわっていたかの証拠でもある。当時のクルマ好きの子どもたちは、クルマの当てっこにワクワクしていたのかもしれない。

捨身飼虎図1 捨身飼虎図2
捨身飼虎図

しかし、60年代のクルマを知らない現代の児童でも十分に楽しめる挿絵の仕掛けが別にある。文献[3]でも述べられている「異時同図」という技法である。異時同図法とは、異なる時間を一つの構図の中に描き込むことである。特に有名なのが法隆寺が所蔵する飛鳥時代の仏教工芸品、玉虫厨子(日本史で習いましたよね)の「捨身飼虎図」で、釈迦が前世で、飢えた虎の親子を哀れに思い、自らの体を与えて救済する場面。崖の上の木に衣をかけ(上)、崖から身を投げ(中)、虎に食べられる(下)3段階を一つの構図で描いている[3][4][5]。

玉虫厨子
玉虫厨子

先に紹介した20-21頁の中古車販売店での挿絵。2人のもりたろうさんが描写されている。右頁は、車の高い値段を見て落胆するもりたろうさん。左頁は、販売店の一番隅っこにおんぼろじどうしゃを見つけて大喜びするもりたろうさん。小生の愚息にこの部分を読み聞かせしたときも、「おじいちゃんが2人いるー」と不思議がっていた。まさか「もりたろうさんのじどうしゃ」が「玉虫厨子」につながるとは思っても見なかったが、この「異時同図」が随所に登場するのも、本書の特徴であり、本書がロングセラーを続けている魅力の所以であろう。

「もりたろうさんのじどうしゃ」その5

ところで、最後にもりたろうさんが、大空銀行からお礼にもらった40年代っぽいクラシカルな新しい車のモデルは何であろうか。銀行強盗を捕まえたご褒美なので、きっと上等な車に違いない。オースチンかベンツか?以前に紹介した「ロールスロイス・シルバードーン」にも似ているような気がするのだが。

大石真
大石真

作者の大石真は、1925年、埼玉県和光市出身の児童文学作家。早稲田大学第一文学部英文学科卒業。早大在学中より「早大童話会」に入会して創作活動を始める。大学卒業後、小峰書店に入社して編集者として働きながら、同人誌「びわの実」などで童話を発表し続ける。『風信器』で日本児童文学者協会新人賞、『見えなくなったクロ』で小学館文学賞をそれぞれ受賞。そのほかの作品に『教室二〇五号』、『チョコレート戦争』、『さとるのじてんしゃ』、『ミス三年二組たんじょう会』、『四年四組の風』、『魔女のいる教室』など著書多数。本書を発表した1969年は、大石氏が童話作家として最も脂の乗った時期である。1990年没[3][6]。

(※1)1909年にはスイフト自動車が生産した単気筒7馬力(hp)の車を、オースチン社が初代オースチン・セブンとよび販売していた[7]。
(※2)クーペなどの乗用車で、屋根から後端までが流線型になっているボディ形状のこと。


[参考・引用]
[1]運転免許統計平成14年版、
http://www.npa.go.jp/toukei/menkyo/menkyo3/h14nen_main.pdf
[2]加速する「若者のクルマ離れ」、日本経済新聞、2009年2月26日
[3]『もりたろうさんのじどうしゃ』の挿絵研究-挿絵の魅力と伝統的絵画表現の活用について-、西田直樹、作新学院大学人間文化学部紀要 第4号、pp.79-96、2006
[4]ART in BIOHISTORY異時同図-動きをみる、生命誌ジャーナル 2005年秋号、
http://www.brh.co.jp/seimeishi/journal/46/research_31.html
[5]玉虫厨子、Wikipedia、
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%8E%89%E8%99%AB%E5%8E%A8%E5%AD%90
[6]大石真、Wikipedia、
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E7%9F%B3%E7%9C%9F
[7]オースチン7、Wikipedia、
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%83%81%E3%83%B3%E3%83%BB7
[8]Austin 7HP 1910、Austin Memories、
http://www.austinmemories.com/page7/page95/page95.html

もりたろうさんのじどうしゃ (ちびっこ絵本 3)もりたろうさんのじどうしゃ (ちびっこ絵本 3)
(1969/06)
おおいし まこと

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