日産フィガロ

バブル期の80年代後半から90年代の前半、日産自動車はパイクカーという面白い車作りをしていた。その中の一台が先の「ドライブへいこう」のモデルにもなっていた「フィガロ」(上写真)である。

日産Be-1
日産Be-1

パイクカーとは、大量生産を前提としないデザインが特徴的で遊び心のある「とんがった」自動車のことで、“pike“の「矛、峰のとがった山」という意味が転じて、「とんがった、前衛的」という定義に使われているようだ。1985年の東京モーターショーで日産が初代マーチ(K10)がベースの「Be-1」(BK1型)をパイクカーの第1弾として発表、注目を集めた。1987年から限定1万台で発売。樹脂性ボディという新技術も採用していたが、ちょっとMINI似の雑貨感覚も受けて、2ヶ月で予約完売の人気ぶり。東京青山にBe-1ショップも出店して、Tシャツ、パーカー、バッグ、時計、財布などのブランドグッズを販売し、当時の流行の最前線であった[1]。大学4年生の頃、同期が九州から東京に就活に行った際に、Be-1のキーホルダーをお土産に買ってきてくれたことを憶えている。

日産パオ
日産パオ

日産は二匹目のどじょうを狙って、1989年にこれまたちょっとルノー4(キャトル)似の「PAO(パオ)」(PK1型)を発売。3カ月間限定の受注生産で51,657台の申し込みを受けたそうで、こちらも大成功[1]。

日産フィガロはロンドンがお似合い?
日産フィガロはロンドンがお似合い?

そして三匹目のどじょうが、1991年に登場した限定2万台の「FIGARO(フィガロ)」(FK1型)。車名はモーツァルトの歌劇「フィガロの結婚」に登場する主人公の名をとって命名。2ドアのオープンモデルであるが、日産パイクカー唯一のターボエンジンを搭載(似合わねえ)。また、電動オープントップや本革シートを採用したなかなかの高級車だ。発売当時は、恋愛オムニバス映画『フィガロストーリー』を全国主要都市で上映し、プロモーションの面でも現在のコラボCMのはしりともいえる時代の最先端を行っていた。

もともと国内専用車だったが、マニアックな車好きのイギリスにも輸出されたようで、ロンドンでも「フィガロ」専門の中古車店もあったくらい人気があったようだ。さらに驚くのは、嘘か真かオーナーの一人がエリック・クラプトンだったらしい[1][2]。

日産エスカルゴ 日産ラシーン
(左)日産エスカルゴ(右)日産ラシーン

日産のパイクカーはこれ以外にも、パルサーバンをベースとした、1989年から2年間限定発売のライトバン「S-cargo(エスカルゴ)」、うちのかみさんも好きなサニーベースのクロスオーバーSUV「Rasheen(ラシーン)」(1994-2000)なども含まれ、人気を博した。

その後のバブル崩壊、日産のルノー傘下を経て、日産のパイクカーの商品開発は滞ってしまったが、先代の「Cube(キューブ)」あたりのデザインは、少量生産でないものの、これらのパイクカーの影響を受けているのかなと感じる。

上記のパイクカーたちは、今でも国内外の中古車市場で人気があるし、非常にきれいな状態で、大事に乗り継がれているクルマを見かけることがある。20年経った今でもこれほど根強い人気があると、オリジナリティの論議は別にして、日産が元気だった頃の商品戦略、販売戦略もありではと思うのだが。コストカット、徹底した効率化のもとで元気さや遊び心をすっかり失ってしまった現在のゴーン体制では、それもままならぬのかもしれない。

パリの街並みにも似合うフィガロ
パリの街並みにも似合うフィガロ

[参考・引用]
[1]時代の先端を象徴したマーチのパイクカー、日産ミュージアム、
http://www.nissan.co.jp/MUSEUM/MARCH/PIKE/pike.html
[2]日産・フィガロ、Wikipedia、
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E7%94%A3%E3%83%BB%E3%83%95%E3%82%A3%E3%82%AC%E3%83%AD
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