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楽しいクルマ絵本の世界/エンスーのためのクルマ絵本ライブラリー

Tin Lizzie  

Tin Lizzie

“Tin Lizzie”とはT型フォードの愛称。今年は生誕百年ということで、2008年最後の「クルマ絵本」を本書で飾ってもらおうと思う。直訳すれば「ブリキのリジー(エリザベス)」だが、一般には小型安自動車とか、おんぼろ自動車と訳される[1]。T型フォードの製造が始まった1908年は、まだ馬車が交通手段の主流の頃。その当時では車は最先端の文明の利器で、いくら大量生産で車の大衆化を狙ったモデルとはいえ、まだ庶民には高値の華だったはず。「小型安自動車」とは後年、車が社会へ浸透し、古くなったT型フォードを称してこういう意味に転じてたのだろう。今回紹介する“Tin Lizzie”(Peter Spier・作、Doubleday)は、尊敬と親しみを込めて呼ばれた「ブリキのリジー」のお話である。

お話の始まりは1909年。この年の5月はじめに、1日56台も製造できるデトロイトの巨大工場で生産された1台の新型「T型フォード」が物語の主人公である。1909年は、T型フォード製造のため、デトロイト郊外にハイランドパーク工場という「流れ作業方式」の象徴ともいえる巨大工場が建設された年であるが、完成は1910年なので[2]、この巨大工場とは恐らく、ハイランドパーク工場以前に生産していたピケットロード工場を示すと思われる[3]。1909年には1万8千台を生産したということであるから、1年の稼働日を300日とすれば日産約60台となるので、間違いないだろう。

物語はこの主人公“Tin Lizzie”が4代のオーナーに引き継がれる約70年間(本書は1975年発刊)の大河物語仕立てとなっている。

「Tin Lizzie」その1

デトロイトの工場で生産された2台の“Tin Lizzie”は、貨物列車に乗せられて中西部の小さな町で下ろされる。馬車ででこぼこ道を引っ張られ、新しく設立された自動車販売会社に到着した。このピカピカの“Tin Lizzie”は、この町で最初の車であったため、販売店のショーウインドーは連日黒山の人だかり。その中に、最初のオーナーとなる飼料店主George Bahnhart氏もいた。1日に4回も車を見に来た彼は、翌日彼の家族を販売店に連れて行き、その日の午後にはこの車を買ったのであった。

「Tin Lizzie」その2

車を買ったといっても、車の所有車は町ではただ一人(後日、医者のGarvin先生ももう一台をご購入)。ガレージは馬小屋だし、ガソリンスタンドもまだない。ドラッグストアで燃料を注文するのだ。普段の町周辺の移動も、ほとんど馬か馬車であった。ただ、日曜日になると、田舎へドライブに行ったり、時折大きな町へ車で仕事に出かけることもあった。タイヤがパンクし、キャブレターにゴミが詰まって車が動けなかった時は、家まで歩いて馬を取りに帰り、子どもたちを後席で寝かせ、自分がステアリングを握り、妻に手綱を持たせて帰ったこともあったが、彼は“Lizzie”を大切に扱った。

時は流れ、二人の子供も成長し、彼らも“Lizzie”を運転するようになった頃、彼女はもうBahnhart家の家族の一員となっていた。しかし、11年後、スターターやライトが電化された新しい車(※)が登場すると、Bahnhart氏は車を買い替えることになる。

(※)現在では当たり前の電気式のセルモーター(セルフスターター)やヘッドライトは、1912年キャデラックに搭載されたデルコ・エレクトリカル システムで初めて市販化された[6]。

“Lizzie”は販売店で修理され、新しいタイヤを履かされ、ワックスをかけられまるで新品の車のように磨かれて中古車市場に出されたのである。数週間後、若いカップルが2代目のオーナーとなった。彼らにとっては最初の車、彼らもBahnhart氏と同じくらい“Lizzie”を大切に扱った。

「Tin Lizzie」その3

その頃道路には、馬と同じくらいに自動車が溢れていた。その後若いカップルは結婚し、彼らは仕事を探しに中西部を離れ、カリフォルニアへ向かった。新天地で彼らは“Lizzie”をお出かけに、そして毎日の仕事に使った。そして、妻の病院への送り迎えに、そして病院で赤ちゃんを連れて帰って来た。そんなことが3度もあった。三人の子持ちとなったその夫婦は、再び東へと引っ越した。そして1929年、彼らは新しい車に買い換えた。そして彼女はまた中古車ディーラーへ引き取られた。

今回は少し多くの修理が施された。いくつかの凹みを直し、傷を隠すためにペンキが塗られ、磨かれ、もはや若い「エリザベス」とは言えないまでも、りっぱに甦った。1929年というと世界大恐慌の年、まさに今年のように車は売れなかった。1年間中古車センターに置かれていた後、安値で農夫に売られた。

「Tin Lizzie」その4

3代目のオーナーは今までとは異なり、楽しかった田舎へのドライブも旅行もなく、休みなく“Lizzie”にきつい仕事を課した。遠くから農場にミルク缶を運んだり、干草の山をどっさり積んだ馬車を引っ張ったり、肥料を積んだ馬車を引っ張ったり・・・。“Lizzie”はその期待に応えたが、年とともに期待に添えなくなってきた。後席は長い間取り外され、前席のクッション材は破れた表皮から出てきたし、フロントウィンドウは壊れ、ランプの片方は傾いてぶら下がっていた。

36年の長きに亘り、働き続けた“Lizzie”も、1945年末、ついに納屋の中でリタイアした。その後も農夫の子供たちの遊び場所になっていたが、彼らが大人になるにつれ、“Lizzie”はすっかり忘れられた存在になっていた。一方、近所の人は忘れることなく、時折、その古い車の部品を借りに来ていた。

その後幾つもの年月を経て、“Lizzie”の周りは雑草や落ち葉だらけ、車体は黒くさびつき、屋根も壊れ、窓ガラスにもひびが入り、すっかり朽ち果ててしまった。そして周りの環境も一変してしまった。農場からは馬が消え、代わりにトラクターが働いていた。周囲にはハイウェイが走り、トレーラーやトラック、乗用車、バスの往来で静けさは失われていた。

「Tin Lizzie」その5

そんなある日、アンティークカーの隊列が農場の横を通り過ぎていった。それらは、“Lizzie”とよく似た一団であったが、どれも生き生きとした車であった。その古い車の一台の運転手が、農場の小屋の後ろで、雑草に埋もれていた“Lizzie”を見逃さなかった。そして彼はその場所を記憶した。

次の週末、彼はその農場に戻ってきて、農夫のオーナーを訪ねた。「この小屋の後ろにある古くてさびた車を売る気はないか。」と。農夫は驚いたが、その男にこの車を売ることにした。そしてもっと驚いたことは、このおんぼろ車を40年以上前に彼が支払ったお金よりも高値で買ってくれたことであった。「彼は正気ではない。」農夫はそう思った。

「Tin Lizzie」その6

しかし、“Lizzie”の4代目のオーナーとなるMogensen氏は正気だった。彼は成功を収めたビジネスマンで、アマチュアのメカニックスの腕も持ち、ヒストリックカーを愛していた。彼は2年以上かけて、“Lizzie”を修復した。なくなっていた部品はアメリカ中から探し出して、エンジンや車体も丹念に作り直した。大変な仕事だったし、お金もかかった。

Mogensen氏の手ですっかり甦った1909年製“Tin Lizzie”は、再び道路へ走り出した。“Lizzie”を見た他の車の人たちは歓声を上げた。「わー、お父さん、あの古い車見た?」「ああ見たとも、父さんが子供の頃、おじいちゃんが、ちょうど似たような車を持っていたよ。」と彼らは当時を思い出し、微笑む。大都市でも、“Lizzie”がどこかに駐車しているときにはいつでも、人だかりが出来る。彼女が行く先々で、人々は立ち止まり、こう言うのであった。「おー、あの車を見ろよ。あの偉大な古い車を!」

この話はモデルがあるのだろうか。オーナー名も具体的で、フィクションだかノンフィクションだかよくわからないが、“Tin Lizzie”の生き様がよくわかる物語である。なのでほぼ全文を要約・引用させていただいた。児童書とはいえ、けっこう長い文章だったので、翻訳には結構時間がかかった。日本の高校生くらいの英語教材としては丁度よいのではないだろうか。

Peter Spier
Peter Spier

作者のピーター・スピア(Peter Spier)は、1927年6月6日 オランダのアムステルダム生まれ。有名なジャーナリストでイラストレーターでもある父の影響を受けイラストを描くようになる。オランダ海軍で兵役を終え、オランダで雑誌記者をつとめた後、1952年にアメリカへ渡りニューヨークでイラストの仕事を始める。以後100冊以上の絵本のイラストの作品を生み出している。初めて文も手掛けた「きつねのとうさんごちそうとった」(評論社、原題“The Fox Went Out on a Chilly Night”)ではコールデコット・オナーブック、「ノアのはこ船」(評論社、原題“Noah's Ark”)では1978年コールデコット賞、1982年全米図書賞を受賞。現在は奥さんのキャサリンさんとNYロングアイランド在住[4]。

彼の画風は紙にペン、インクおよび水彩絵具を用いた技法。イラストの多くは非常に詳細で、歴史的にも正確なものであるとされる[5]。本作も非常に細やかで優しいタッチの絵であり、“Tin Lizzie”の描写も非常に正確、それぞれの時代の風景が目に浮かぶようだ。時代考証も細かく、念入りに取材されたことが伺える。

翻訳されている彼の作品も多いが、本作は残念ながら和訳されていない。「T型フォード」はさずがに日本では馴染みが薄いことが理由と思われるが、一つの自動車モデルの生涯が、児童向けにこれほど丁寧に詳しく描かれることは日本では考えられない。アメリカでは、いかに自動車が文化として浸透しているかということと、“Tin Lizzie”がどれほどアメリカ国民に愛されてきたかを感じさせる一冊である。

[参考・引用]
[1]リーダーズ英和辞典、松田徳一郎・監修、研究社
[2]フォード・モデルT、Wikipedia、
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%BC%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%A2%E3%83%87%E3%83%ABT
[3]フォード・モーター、Wikipedia、
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%BC%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%A2%E3%83%BC%E3%82%BF%E3%83%BC
[4]ピーター・スピア、絵本ナビ、
http://www.ehonnavi.net/author.asp?n=1110
[5]ピーター・スピア、Wikipedia、
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%94%E3%83%BC%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%82%B9%E3%83%94%E3%82%A2
[6]技術革新の歴史、キャデラッククラブ、
http://www.cadillac.co.jp/club/centennial/tech3.html
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Posted on 2008/12/29 Mon. 14:18 [edit]

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コメント

ブリキのリジー

 こんにちは、papayoyoさん。
 こちらのティン・リジーもすてきな絵本ですね! わたしもぜひ読んでみたくなりました。丁寧な作品紹介、作者紹介に加え、写真がとても美しく、もしやプロとして紹介されているのでは…と印象を受けたのですが。
 自動車絵本に出会ったら、ぜひまたpapayoyoさんにご報告したく思います。……そこで一冊思い出したのですが、NASCARとかお好きでしょうか。もしよろしければ、
"For the Love of NASCAR" http://d.hatena.ne.jp/asukab/20050908/1140920493
もご覧ください。

URL | asukab #V.0IuFoQ
2009/01/19 03:10 | edit

RE:ブリキのリジー

ようこそ、asukabさん。
決してプロではありませんよ。自称クルマ絵本研究家(世界で一人?)ですが、クルマ好きのしがないサラリーマンです。
未曾有の景気後退で、益々クルマ離れが進みそうですが、クルマ絵本を通じて、一人でも多くの人がクルマに関心を持ってくれればと、趣味で紹介を続けています。こんなに面白く、社会に影響を与えるマシンは他にはないと思うのですが…。
NASCAR絵本、これは知りませんでした。うれしい情報です。ありがとうございます。クルマ絵本の情報、特に海外本はなかなか土地勘がないので、シアトル在住の地の利を活かして、是非、これからも教えていただけると幸いです。

URL | papayoyo #-
2009/01/19 22:39 | edit

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