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九五式軽戦車  

九五式軽戦車

前出「9番目の戦車」の主人公タンクロウは、旧大日本帝国陸軍の九五式軽戦車である。1935年に制式化され、第二次世界大戦の終結まで使用された。別名ハ号ともいう。戦車砲は37mmで、当時としては先進的装備であったが、7.4tという重量と出力120HPの三菱製空冷直列6気筒ディーゼルエンジンのおかげで機動性もなく、機動力確保と軽量化のために装甲最大厚も12mmと屈強な戦車とは言いがたいスペックであった。また、車内レイアウトはお世辞にも良いとは言えず、人間工学的に無理があった。狭い砲塔には37㎜砲と砲塔後部に装備された機関銃が詰め込まれ、その両方を車長一人で操作しなければならなかった[1]。なので、タンクロウの車長さん、中村さん、ジンゴはかなり劣悪な環境で乗員していたと思われる。


ちなみに、他の8兄弟のモデルを(夏休みの自由研究で)調べてみたが、纏まった良い資料がみつからず、正確なところはよくわからない。恐らく長男小太郎兄さんは九七式中戦車、次男タンジ兄さんは一式自走砲、三男タンザブロウ兄さんは一式中戦車、 四男シロウ兄さんは三式中戦車、五男ダイゴロウ兄さんは五式中戦車。六男ロクスケ兄さんは不明、七男、八男の双子のタンシチ・タンパチ兄さんも不明(ドイツ軍のⅢ号突撃砲と酷似しているが、旧日本陸軍に同様の車両の存在を確認できなかった)。

マークⅠ
マークⅠ戦車

ところで、戦車が誕生したのは第一次世界大戦中の1916年、フランスのソンム戦線においてである。いわゆる「タンク」の語源となったイギリスのマークIがそれであり、重量は29t、出力105HPの8人乗りであった。九五式軽戦車に比べるとかなり大型である。これに対抗するように、ドイツやフランス、イタリアでも競って生産された。フランスのシュナイダー戦車は200HPのルノーエンジンを、イタリアの最初の戦車フィアット2000は、240HPのエンジンを搭載していた[2]。第一次世界大戦は、科学技術の進歩が国家の戦力に統合されていったという点でそれまでの戦争と異なり、科学の利用法に軍人が決定を下すそれまでの戦争から、科学的な決断は民間の科学技術者に委ねられるようになった点においても、戦争と科学のあり方の分岐点と言われている[3]。

ルノーやフィアットなど、いまではおなじみの欧州名門自動車会社も、このころから軍事に関わっていたのは新しい知見だが、九五式軽戦車も三菱自動車の母体三菱重工製だ。おしゃれで、エコで、便利なクルマを作るメーカが、このような影の歴史を持つことも忘れてはならないだろう。

[参考・引用]
[1]Wikipedia、九五式軽戦車、
http://ja.wikipedia.org/wiki/95%E5%BC%8F%E8%BB%BD%E6%88%A6%E8%BB%8A
[2]自動車の本、エンツォ・アンジェルッチ、アルベルト・ベルッチ共著、高岸 清監修、草壁焔太訳、講談社、p193
[3]戦争の科学、アーネスト・ヴォルクマン著、神浦元彰監修、茂木 健訳、主婦の友社、第7章 魔法使いの弟子
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Posted on 2006/08/20 Sun. 20:41 [edit]

category: cars/車のお勉強

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