ジーゼル・ストーリー

自動車のおもな動力源には、蒸気、ガソリンエンジン、ディーゼルエンジン、電気、ハイブリット、燃料電池など様々あるが、その中でとりわけ最近注目されているディーゼルエンジンの発明者が、その名を冠しているルドルフ・ディーゼル。蒸気機関の発明者ジェームズ・ワットや、ガソリン自動車の発明者カール・ベンツとゴードリップ・ダイムラーの絵本はあるのだけれど、さすがにディーゼル博士の伝記的絵本は見当たらない。今回は児童向け(とはいっても中学生以上向けと思われる)の書籍、「ジーゼル・ストーリー」(飛田浩昭・著、アカデミア・ヴェントウーノ・企画制作、JAMCA)を紹介する。

副題に“エンジニアの夢、エンジンの未来”とある。前半はディーゼルの伝記、後半はディーゼルエンジン技術の紹介といった構成だ。発行元のJAMCAは全国自動車整備専門学校協会の略称。ボランティア機関、アカデミア・ヴェントウーノの企画によって、JAMCA・BOOKシリーズとして計5冊出版されている。いずれも自動車に関連する副読本で、本書以外に「跳ね馬の誇り」(エンツォ・フェラーリ)、「ポルシェ博士の3つの夢」(フェルディナント・ポルシェ)、「クルマと人の夢と挑戦」(自動車の歴史・開発)、「アメリカに車輪をつけた男」(ヘンリー・フォード)の4冊が刊行されている。フェラーリ氏の伝記本なんてなかなかお目にかかれないので貴重だ。

自動車産業の一翼を担う整備士を増やすため、各整備士学校に配布して学生募集の広報誌として利用しているのであろう、ほとんどその存在は知られていない。購入したい旨問い合わせをしたら、どこで情報を見つけたのかと担当者は驚いていた。非売品であるので価格設定はないが、JAMCAに問い合わせれば700円/冊で購入できる。
JAMCA連絡先:03-3356-7066

飛田浩昭
飛田浩昭

著者の飛田浩昭さんは1953年東京都生まれ。筑波大学大学院カウンセリング専攻修了。立教英国学院、青山学院初等教諭を経て、現在同部長(校長)。子供向け書籍の執筆者としては適任。著書に「ハロー・ミスターチップス―再訪、再考、英国の学校教育と社会と」(萱原新書)、「感興の英国」(三青社)などがある。

本書を参考に、ディーゼル博士の生涯を辿ってみる。かつては「ヂーゼル」「ジーゼル」とも表記され、本書もノスタルジックに「ジーゼル」表記になっているが、本名ルドルフ・クリスチアン・カール・ディーゼル(Rudolf Christian Karl Diesel)は、パリで革製品製造業を営むドイツ人の両親から1858年、今からちょうど150年前に生まれた。映画「巴里のアメリカ人」ならぬ、巴里のドイツ人であった。当時の大都市パリは欧州きっての科学技術最先端の都。地元の博物館でキュニョーの蒸気機関に触れるなど、この地で未来の天才エンジニア、ルドルフの基礎が築かれる。

Rudolf Christian Karl Diesel
Rudolf Christian Karl Diesel

1870年にドイツ(プロイセン)とフランスの戦争、いわゆる普仏戦争が始まり、ドイツ人のディーゼル一家はロンドンへ追放される。プロイセン圧勝の後、一家は再びパリに戻ったが、ルドルフはそのままイギリスに残る。19世紀のイギリスといえば産業革命の先進国。ロンドン科学博物館には当時のハイテクの数々が陳列され、ルドルフは博物館通いに明け暮れたそうだ。特に、蒸気機関全盛の時代、ルドルフ少年は自動車の原型技術に多大な影響を受けたに違いない。

Carl von Linde
Carl von Linde

その後自身のルーツであるドイツに赴き、学業成績が優秀であったルドルフは、アウグスブルク高等工業学校を主席で卒業後、名門ミュンヘン高等工業学校(後のミュンヘン工科大学)機械科に進学した。そこで製氷機を発明し、「冷蔵庫の父」と呼ばれたカール・フォン・リンデ教授に出会い、熱力学や熱機関、特に「カルノーサイクル」を学んだことで、生涯の熱効率研究の方向性が決まる。

カルノーサイクルとは、フランスのカルノーが提唱した思考実験のことで熱を機械的仕事に変換する理論的サイクルのこと。小難しい理屈はこの場では省略する(というかうまく説明できない)が、熱機関の効率は理論的にこのカルノーサイクルを超えることはできない。この理論が、熱効率にこだわったディーゼルエンジン開発の出発点となっている。ルドルフは、既に隆盛を極めていた蒸気機関の効率の悪さも知っていたし、当時ドイツのオットーによって発明されたガソリンエンジンの効率をも越える究極のエンジン開発に強い想いを抱き続ける、きっかけとなった理論ともいえる。

私は大学で学んだ流体力学、特にナビエ-ストークス方程式やオイラー方程式を通して、当時は複雑に見える物理現象を単純な数式で表わせる美しさに魅せられたが、その関心はその後のエンジニア人生には全く活かされなかった。ここが天才と凡人の違いなのだ。

大学卒業後、彼はリンデ教授の創立した「リンデ製氷機製作会社」へ就職する。今でいう大学発ベンチャー起業のはしりだ。彼はパリ支社の製氷機工場で働きながら、熱機関の研究を続けた。その後、ドイツ人女性と結婚するが、1889年に会社をやめベルリンに移り住む。この地で、ディーゼルエンジンのアイデアを煮詰めていった。

ディーゼルの第1特許(No.67207)
ディーゼルの第1特許(No.67207)

アイデアが固まった1892年、「圧縮自己着火エンジン」の特許を出願(翌年2月23日取得)する。ディーゼルエンジンの基本概念の誕生である。しかし、このアイデアを実証し、モノとして実現するには資金が必要だった。恩師リンデ教授の口添えで、アウクスブルク機械製作所(現在の独MAN社)とフリードリッヒ・クルップ・エッセン社が共同出資先となり、特許権も両社に移譲された。そしてアウクスブルク機械製作所で燃焼実験が始まった。

ディーゼル第1号エンジン
ディーゼル第1号エンジン

1893年に第1号エンジンの初めての燃焼実験を行ったが失敗。1894年2月17日、第2号エンジンはわずかな時間ながらアンドリング運転に成功する。自動運転に成功したことからこの日をディーゼルエンジンの誕生日とする考えもある。そして実用化に必要な長時間運転が成功したのが、3年後の1897年、第3号エンジンの改良によって熱効率26.2%(ちなみに蒸気機関約10%、ガソリンエンジン約15%)という新記録を打ち立てた。

ところで彼はディーゼルエンジンを開発するにあたって、再生可能な植物油や当時のドイツで大量に生産されていた粉炭を燃料として利用することを念頭に置いていたらしい。既にバイオ燃料の構想があった訳だ。彼の先見性、経済的視点の鋭さを物語る。

上記の成功で、ディーゼルはライセンス料の供与で莫大な収入を得たものの、ディーゼルエンジンが普及し始めるのは、基本特許の切れた1903年以降となる。また、当初のディーゼルエンジンは非常に大型であったため、工場や船舶用のエンジン利用に限定されていた。小型化され自動車用に実用化されたのは、それから約20年後のベンツ社の開発したディーゼルトラックの誕生まで待つこととなる。乗用車への搭載はそれよりさらに約10年先となる。

エンジニアとして頂点を極めたディーゼル博士は1913年、英国に新しく作られるディーゼル工場の開所式に出席するため、アントワープ港からイギリス行きの汽船ドレスデン号に乗船途中、英仏海峡上で消息不明となる。消息を絶ってから2週間後に彼の遺体が発見される。公式には自殺となっているが、後頭部に鈍器でなぐられた跡もありドイツ秘密警察による暗殺説も存在する。ディーゼル自動車の誕生を見届けることなく、55歳の生涯を閉じた。

前回紹介したように、彼の発明品は今や大気並みのクリーンな排気を行う自動車エンジンにまで進化し、エコで経済的な動力源として改めて注目されている。熱効率、すなわち経済性をとことん追求した天才エンジニアは、自身の発明品の成長を喜んで眺めているに違いない。

以下、参考までにおもな自動車用動力源と、その自動車の発明者を列挙しておく。第一発見・発明者についてはいろいろ諸説があるので、あくまで私個人の判断として整理した。それにしても思うのは、自動車に関する基本原理の大半は欧州発ということ。

<蒸気>
1712年:トマス・ニューコメン(英)、蒸気エンジンの原理発明
1769年:ジェームズ・ワット(英)、蒸気エンジンの原型開発
1769年:ニコラ・ジョゼフ・キュニョー(仏)、蒸気自動車の発明
http://why.mods.jp/contents/world3.htm#8
http://www.nmri.go.jp/eng/khirata/stirling/engines/general_j.html

<電気>
1800年:アレッサンドロ・ボルタ(伊)、電池発明
1821年:マイケル・ファラデー(英)、モータ発明
1832年:ヒポライト・ピクシイ(仏)、発電機(ダイナモ)発明
1873年:ロバート・ラビットソン(英)、電気自動車の実用化
http://www.geocities.jp/hiroyuki0620785/ouyou/genhistory.htm

<ガソリンエンジン>
1876年:ニコラス・アウグスト・オットー(仏)、ガソリンエンジンの発明
1885年:カール・ベンツ(独)、ガソリン自動車の発明
1886年:ゴードリップ・ダイムラー(独)、ガソリン自動車の発明

Nikolaus August Otto
Nikolaus August Otto

<ディーゼルエンジン>
1892年:ルドルフ・ディーゼル(独)、ディーゼルエンジンの発明
1924年:ベンツ社(独)、ディーゼルトラックを発表
1936年:ダイムラー・ベンツ社(独)、世界初のディーゼル乗用車「260D」の開発

ダイムラー・ベンツ社「260D」
ダイムラー・ベンツ社「260D」

<ハイブリット>
1896年:フェルディナント・ポルシェ(独)、ハイブリット自動車の発明
1902年:ローナー社(オーストリア)、世界初のハイブリット自動車「Mixte」製造
1997年:トヨタ自動車、世界初の量産ハイブリット自動車「プリウス」発売

<燃料電池>
1839年:ウィリアム・ロベルト・グローブ卿(英)、燃料電池の原理発明
1952年:フランシス・トーマス・ベーコン(英)、燃料電池の原型開発
1993年:バラード社(加)、燃料電池バスの実証実験を開始
1994年:独ダイムラー・ベンツ社(独)、バラード社製燃料電池搭載の燃料電池車「NECAR1」開発
http://www.ebc.ebara.com/product/fc_history.html

[参考・引用]
[1]ディーゼルこそが地球を救う、小川英之・清水和夫・金谷年展・共著、ダイヤモンド社
[2]ディーゼルエンジンはいかにして生み出されたか、ルドルフ・ディーゼル・著、山岡茂樹・訳、山海堂
[3] 【教え育てる】青山学院初等部長・飛田浩昭、産経ニュース、2008年4月5日、
http://sankei.jp.msn.com/life/education/080405/edc0804050812002-n1.htm
スポンサーサイト


コメント

    コメントの投稿

    (コメントの編集・削除時に必要)
    (管理者にだけ表示を許可する)


    トラックバック

    Trackback URL
    Trackbacks


    最近の記事