クルマノエホン livres d'images de voitures

楽しいクルマ絵本の世界/エンスーのためのクルマ絵本ライブラリー

C1初代シボレー・コルベット  

C1型シボレー・コルベット1956年式

このおとだれだ?」に登場した多くのクルマの中で、GMのC1シボレー・コルベットとフェラーリ275は異彩を放っている。旧車フェラーリといえば、名車ディーノあたりを選択しそうなところだが、275とはこもりまことさんらしい渋い選択だ。改めてみると非常に美しいボディラインをもつ275。シボレーコルベットといえば、アメリカを代表するスポーツカーだが、その中でもC1型初代コルベットの56年モデル(上写真)を選択。調べてみるとC1は何ゆえか頻繁にモデルチェンジを行っている。その辺を探るために、今日はこのC1シボレーコルベットを調べてみた。

C1型シボレー・コルベット1954年式
C1型シボレー・コルベット1954年式

シボレー・コルベットの誕生と変遷には当時の時代背景と業界の変化が大きく関わっている。コルベットの誕生は第二次世界大戦後の1950年代。戦前のアメリカはスポーツカー不毛の地であったが、戦後ヨーロッパ戦線から復員してきた多くの兵隊によって欧州の小型スポーツカーが持ち帰られ、母国でブームとなる。当時世界最大の自動車メーカーGMは、このスポーツカーブームを背景に、欧州車に対抗すべくアメリカで初めての2シーター、大衆用オープンスポーツカーを開発する。53年に発表されたコンセプトカー「コルベット」は多くの若者の心を掴み、翌年初代C1シボレー・コルベットは市場に投入される。

ところが、外観こそ欧州テイストの洗練されたスポーツカーの雰囲気を醸し出し、量産車としては初めてとなるFRPボディパネルという先進性を兼ね備えたものの、最高出力150馬力の貧弱な3859ccの排気量をもつ水冷直列6気筒OHVエンジン、2速オートマチックトランスミッションなど、動性能的にはとてもスポーツカーといえる代物ではなかった。しかも品質不良と相まって市場では酷評され、ライバル「フォード・サンダーバード」に水を開けられる。それでも今日まで「コルベット」の名が、アメリカンスポーツカーの代名詞として生き残っているのは、もう一つの自動車業界の変化が考えられる。自動車業の方法論「モデルチェンジ」の戦略である。

”モデルチェンジ”は1923年、第一次世界大戦後の好況の中のアメリカで始まり、本格化したのが世界恐慌後の30年代になってから。モデルチェンジには多額の開発費がかかるので、中小企業にとっては相当の負担増になる。体力のある大企業しかできない商品戦略だ。1923年には108社を数えたアメリカの自動車メーカーも、1925年にはGM、フォード、クライスラーのいわゆるビック3だけで市場占有率は80%という寡占状態になってしまった。そして1935年には世界恐慌の影響もあり、自動車メーカーはわずか10社のみになった。そして、コルベットの誕生する第二次大戦後の50年代は、さらにビック3の寡占化が進みアメ車の黄金期が始まる頃である。

日本でもモデルチェンジは頻繁になっているが、モデルチェンジを行うと発売当初の売上はよいが、普及が進むと大抵売れ行きが鈍化する。そこで、外観やスペック、搭載技術を変更して、売上を活性化させようとするメーカー戦略が生まれた。したがって人気車種は比較的モデルチェンジのスパンが長いが、不人気商品になるとマイナーチェンジ、セミマイナーチェンジとコロコロ変わる。最近のマイナーチェンジは、フルモデルチェンジかと思うくらい外観が大きく変わるフェイスリフトを施す場合すらある。

C1型シボレー・コルベット1958年式
C1型シボレー・コルベット1958年式

GMもこのような大企業の販売戦略を、評価の悪かった’54年式コルベットに行った。1956年には’55年からオプション設定であった200馬力オーバーの4343cc水冷V型8気筒OHVエンジンを標準設定、トランスミッションも3速マニュアルが選べるようになり、本格的スポーツカーとして市場の認知を得ることになる。「このおとだれだ?」のV8コルベットの登場である。目論みどおりモデルチェンジは功を奏した訳である。この評価を後押しする形で、コルベットは本格的にレースにも参入し活躍する。1956年にはセブリング12時間レースに参戦しクラス優勝。1957年にはデイトナで2位になった。

54&56front design
58front design
61front design
C1コルベット・フロントデザインの変遷(上から左・’54年式と右・’56年式、’58年式、’61年式)

C1コルベットはフェイスリフト(外観の変更)も頻繁に行っている。1954年モデルではメッシュで保護された丸め2灯のヘッドライトが、’56年モデルでむき出しの2灯に変更、ヘッドライトの角度も変わった。同時にリアのデザインも変更になっている。1958年にはヘッドライトが4灯式に変更され、フロントグリル及びリアデザインも変更された。’61年モデルはグリル周りと、リアエンドのデザインが変更になり、このリアデザインは後の2代目C2コルベット・スティングレイのベースとなっている。この’61年モデルは当時アメリカで人気のTVドラマ「ルート66」に登場した有名なもの。’62年はC1最終の年で、’63年の2代目C2以降、コルベットのヘッドライトは(ヘッドライトが格納される)リトラクタブル形式に変わる。そして2008年現在、コルベットは6代目C6まで進化を続けている。

54rear design
56rear design
58rear design
61rear design
C1コルベット・リアデザインの変遷(上から’54年式、’56年式、’58年式、’61年式)

まさにC1コルベットはモデルチェンジ戦略の申し子ともいえる。わずか10年足らずの間に、C1型がオープンモデルという共通項以外(2代目はクーペがメインとなる)、’54年式と’62年式が同一世代モデルとはとうてい考えられないほどモデルチェンジを繰り返した興味深いスポーツカーである。

[2008年9月17日追記]
C1コルベットの生産台数推移のデータ[8]を見つけたので、モデルチェンジと比較してみた。61年を除くと、市場投入年も含め大きなフェイスリストをしている年(’54年、’56年、’58年)は、確かに前年比から大きく伸びている。’61年のモデルチェンジ効果は多少時間遅れがあったのか、’62年に大きく伸びている。’62年モデルで動力性能として排気量が4.6L→5.3L、馬力が230HP→250HP(オプションでオーバー300馬力も設定)へ大幅アップしたことも影響していると思われる。こうしてデータを見ると、当時のモデルチェンジ戦略は販売力増加に効果を挙げていたと言えよう。

C1コルベット生産台数の推移
C1コルベット生産台数の推移([8]を元にグラフ化)

[参考・引用]
[1]シボレー・コルベット、Wikipedia、
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%9C%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%82%B3%E3%83%AB%E3%83%99%E3%83%83%E3%83%88
[2]CORVETTE、ヒストリー、
http://www.gm-corvette.jp/history/index.html
[3]HISTRIC CAR、Miniaturecar Museum、
http://www.geocities.jp/agedeor/historic/postwar/postwar1.html
[4] Chevrolet Corvette 1953、緑龍館 別館、
http://homepage3.nifty.com/greendragon/mywks24corvet5301.htm
[5]アメ車図鑑(コルベット編)、アメ車大集合、
http://www.geocities.com/shawn_kato/corvette.html
[6]The Corvette Story、
http://www.web-cars.com/corvette/index.php
[7]クルマが語る人間模様、第1章クルマあれこれ、(8)モデル・チェンジ、ビッグ・スリー、国策会社、p61-73、丹羽隆昭・著、開文社出版
[8]コルベットの歴史1953~62、コルベット専門店Fireballsホームページ、
http://www.fireballs.co.jp/corvette_history.php
スポンサーサイト

Posted on 2008/09/16 Tue. 23:14 [edit]

category: cars/車のお勉強

tb: 0   cm: 0

コメント

コメントの投稿

Secret

トラックバック

トラックバックURL
→http://ehonkuruma.blog59.fc2.com/tb.php/138-80d3cd3d
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

プロフィール

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

ブロとも申請フォーム

ブログ内検索

RSSフィード

リンク